こてんこてん蔵庫4
(→蔵庫1(文法用語・用言) 蔵庫2(助動詞) 蔵庫3(助詞) 蔵庫5(問題集) )
【敬語】 *************************************************************************
作者・話し手が登場人物・聞き手・読者に対して、敬う気持ちをこめて表現するために用い
る言葉。敬語を用いる理由は、作者・話し手が「自分自身よりも登場人物や聞き手・読者の
ほうが社会的地位・身分が高い」と判断した場合である。
例1・客が帰った。(普通の表現)
例2・お客様がお帰りになりました。(敬語を用いた表現)
例2では「客」に対する敬意と、読者・聞き手に対する敬意がこめられている。これは、話し
手が「自身より客や読者・聞き手のほうが目上の人」という判断をしたために敬語を使って
いる。
古語でも、敬語を用いた表現が数多くある。
例1・今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。
(今ではもう昔のことだが、竹取の翁と言う人がいた。)
例2・むかし、惟喬の親王と申す親王おはしましけり。
(昔、惟喬の親王と申し上げる親王がいらっしゃった。)
例1は普通の表現。作者は竹取の翁に対しても、読者に対しても敬意を払っていない。
例2は敬語を用いた表現。惟喬の親王と読者に対する敬意が払われている。これは惟喬
の親王が皇族であるために作者より身分が高く、作者が「敬意を払うべき相手」という判断
をしたために敬語を使っている。
※古文では、ある動作の主語が省かれることが多いが、敬語の有無によって、その動作の
主が身分の高い人物か否かを判断することができる。また、同じ敬語でも敬意の程度があ
り、たとえば天皇に対して使われる敬語と、それ以外の人物に対して使われる敬語とが異
なることもあるので、古文読解のヒントとして活用できる。
【敬意の種類】 *******************************************************************
次の3種類がある。
@尊敬・・・相手や登場人物の動作に敬意をもたせることで、その人を敬う心情を表す。
A謙譲・・・自分や登場人物の動作をへりくだって表現することで、その人から動作を受け
る相手を敬う心情を表す。
B丁寧・・・作者が読者に対し、または話してが聞き手に対して、礼儀正しく表現することで、
読者や聞き手を敬う心情を表す。
【尊敬】 *************************************************************************
敬意の一種。相手や登場人物の動作に敬意をもたせることで、その人を敬う心情を表す。
例1・エスカレーターに乗る際は、足もとに注意しろ。(普通の表現)
例2・エスカレーターにお乗りになる際は、お足もとにご注意下さい。(尊敬語を用いた表現)
例2は「客」に対する尊敬の意を表した文。百貨店や駅など、エスカレーターが設置された
場所でよく聞かれる放送である。伝えるべき内容は例1と同様なのだが、客に失礼にならな
いようにするため、例2のように尊敬語を用いる。「乗る」「注意する」という語はエスカレータ
ーを利用する客の動作であり、これに尊敬の意を加える。また、「足もと」もエスカレーターを
利用する客の足なので、「お」を冠することで尊敬の意を加える。
古語でも、尊敬語を用いた表現が数多くある。
例1・かぐや姫、いといたく泣く。
(かぐや姫は、たいへんひどく泣く。)
例2・かぐや姫、いといたく泣きたまふ。
(かぐや姫は、たいへんひどくお泣きになる。)
例1は普通の表現。これを、かぐや姫に対して敬意を表した文に改めると、例2となる。
「泣く」という動詞の後に「たまふ」をつけることで、尊敬の意が加わる。
【謙譲】 *************************************************************************
敬意の一種。自分や登場人物の動作をへりくだって表現することで、その人から動作を受
ける相手を敬う心情を表す。
例1・係りの人が席まで案内する。(普通の表現)
例2・係りの者がお席までご案内します。(謙譲語を用いた表現)
例2は「客」に対する謙譲の意を表した文。レストランの入り口などでよく見かける看板であ
る。伝えるべき内容は例1と同様なのだが、客に失礼にならないようにするため、例2のよ
うに謙譲語を用いる。「案内する」という語は客を迎える店の人の動作であるので、これを
へりくだって表現することで、動作を受ける客に対する敬意を払う。また、「係りの人」も客を
迎える店の人であるので、「者」という謙譲語を使って店員の地位を下げることで、客の地
位を高めて敬意を払う。
古語でも、謙譲語を用いた表現が数多くある。
例1・かぐや姫を養ふこと、二十余年になりぬ。
(かぐや姫を育てることが、20年余りになった。)
例2・かぐや姫を養ひたてまつること、二十余年になりぬ。
(かぐや姫を育てさしあげることが、20年余りになった。)
例1は普通の表現。これを、かぐや姫に対して敬意を表した文に改めると、例2となる。
「養ふ」という動詞の後に「たてまつる」をつけることで、謙譲の意が加わる。
【丁寧】 *************************************************************************
敬意の一種。作者が読者に対し、または話してが聞き手に対して、礼儀正しく表現すること
で、読者や聞き手を敬う心情を表す。
例1・文具売り場は6階にある。(普通の表現)
例2・文具売り場は6階にございます。(丁寧語を用いた表現)
例2は「客」に対する丁寧の意を表した文。客が売り場の場所を尋ねたときの店員の応答
として、よく使われる言葉である。伝えるべき内容は例1と同様なのだが、客に失礼になら
ないようにするため、例2のように丁寧語を用いる。話し手(ここでは店員)の「ある」という
語を聞くのは客であるので、これを礼儀正しく表現することで、案内を受ける客に対する敬
意を払う。
古語でも、丁寧語を用いた表現が数多くある。
例1・駿河国にあなる山なん、この都にも近く、天にも近き。
(駿河の国にあるとかいう山が、この都にも近く、天にも近い。)
例2・駿河国にあなる山なん、この都にも近く、天にも近くはべる。
(駿河の国にあるとかいう山が、この都にも近く、天にも近うございます。)
例1は普通の表現。これを、聞き手に対して敬意を表した文に改めると、例2となる。「近し」
という形容詞の後に「はべり」をつけることで、丁寧の意が加わる。なお、文末が「はべる」と
なっているのは、係助詞「なん」の結びのためである。
【敬意の方向】 *******************************************************************
その敬語が「誰から誰に対して発せられたものか」ということ。文章中の登場人物間にお
ける人間関係や、動作の主や動作を受ける相手をつかむ際、重要な鍵となる。敬意の方向
は、文の種類と敬意の種類ごとに、下記のように定まっている。なお、心内表現文で丁寧を
表す敬意は存在しない。
<地の文の場合>
@尊敬・・・作者から、その動作をする人物への敬意
A謙譲・・・作者から、その動作を受ける人物への敬意
B丁寧・・・作者から、読者への敬意
例1・明日で野球部の監督は退職なさる。
(作者から野球部の監督への尊敬)
例2・A君は野球部の監督に花束を差し上げた。
(作者から野球部の監督への謙譲)
例3・これから初代の野球部監督のエピソードを語ります。
(作者から読者への丁寧)
<会話文の場合>
@尊敬・・・話し手から、その動作をする人物への敬意
A謙譲・・・話し手から、その動作を受ける人物への敬意
B丁寧・・・話し手から、聞き手への敬意
例1・「明日で野球部の監督は退職なさるそうです」と、A君がB先生に言った。
(A君から野球部の監督への尊敬)
例2・「野球部の監督に花束を差し上げたい」と、A君がB先生に言った。
(A君から野球部の監督への謙譲)
例3・「これが初代の野球部監督の銅像です」と、A君がB先生に言った。
(A君からB先生への丁寧)
<手紙文の場合>
@尊敬・・・手紙の書き手から、その動作をする人物への敬意
A謙譲・・・手紙の書き手から、その動作を受ける人物への敬意
B丁寧・・・手紙の書き手から、手紙の読み手への敬意
例1・「明日で野球部の監督は退職なさるそうです」と、A君はB先生に手紙を書いて送った。
(A君から野球部の監督への尊敬)
例2・「野球部の監督に花束を差し上げたい」と、A君はB先生に手紙を書いて送った。
(A君から野球部の監督への謙譲)
例3・「これが初代の野球部監督の銅像です」と、A君はB先生に写真を同封して送った。
(A君からB先生への丁寧)
<心内表現文の場合>
@尊敬・・・そのことを心で思っている人物から、その動作をする人物への敬意
A謙譲・・・そのことを心で思っている人物から、その動作を受ける人物への敬意
例1・『明日で野球部の監督が退職なさるのは残念だ』とA君は思った。
(A君から野球部の監督への尊敬)
例2・『野球部の監督に花束を差し上げたい』とA君は思った。
(A君から野球部の監督への謙譲)
<特記事項>
古文の場合、会話文・手紙文・心内表現文に「 」や『 』といった記号が必ずしも用いられる
とは限らず、外観上は地の文と同じように書かれていることが多い。したがって、文の種類
を的確に判断しないと、敬意の方向も誤ることになる。
【敬意の程度】 *******************************************************************
敬意には軽いものと重いものとがある。これは天皇・上皇など、特に敬意を払わなければな
らない人物と、人並みに一定の敬意を払えば良い人物とが、登場人物に混在するためであ
る。ある動詞の敬意の程度と現代語訳を示すと、下記のようになる。
@書く (敬意なし) ・・・・・・・書く
A書かる (軽い敬意)・・・・・・・書かれる
B書きたまふ (中程度の敬意)・・・お書きになる
C書かせたまふ(最高度の敬意)・・・お書きになっていらっしゃる
@は動詞のみで敬意が全くない。
Aは動詞の未然形に尊敬の助動詞「る」を付した形。
Bは動詞の連用形に尊敬の補助動詞「たまふ」を付した形。
Cは動詞の未然形に尊敬の助動詞「す」の連用形、さらに尊敬の補助動詞「たまふ」を付し
た形で最高敬語と言われる。
【敬語の品詞】 *******************************************************************
@名詞・・・その名詞自体に敬意があるもの。
例1・「いみじき折りのことかな」と、上も宮も興ぜさせ給ふ。
(「すばらしいタイミングで歌を詠んだなあ」と、天皇様も中宮様も興味深くお思いにな
っていらっしゃる。)
例2・殿は何にかならせ給ひたる。
(ご主人はどこの国司におなりになったのですか。)
当時は身分社会が厳格であったため、天皇を頂点とした高貴な身分やそのような人の居
場所(清涼殿など)を示す敬語があった。
A接頭語+名詞・・・もともとの名詞には敬意はないが、接頭語を冠することで敬意をつけた
もの。
例・御心をのみ惑はして去りなむことの、悲しく耐へ難く侍るなり。
(ご両親様のお心を悩まして月の都に去っていくことが、悲しくてたまらないのです。)
「御時」「御衣」「御隋人」など、主として名詞に「御」を冠することが多い。「御」は接頭語で
尊敬の意を表す。なお、品詞分類上は接頭語がついても一語の名詞として扱う。接頭語は
単独で成立する単語ではない。
B名詞+接尾語・・・もともとの名詞には敬意はないが、接尾語を加えることで敬意をつけ
たもの。
例・女君はさながら臥して、右近は傍らにうつぶし臥したり。
(夕顔の君はそのまま臥していて、右近は女君のそばにうつぶせになって臥している。)
上の文中では「女」は「夕顔」という女性をさす。「君」をつけることで、夕顔に対する尊敬に
なる。この例は他にも「姫君」「関白殿」などがある。なお、品詞分類上は接尾語がついても
一語の名詞として扱う。接尾語は単独で成立する単語ではない。
C動詞・・・その動詞自体に敬意があるもの。
例・また、異所に、かぐや姫と申す人ぞおはすらむ。
(また、他のところに、かぐや姫と申し上げるお方がいらっしゃるのでしょう。)
現代語でも「おっしゃる」は「言う」の尊敬語、「伺う」は「行く」の謙譲語であるなど、敬意を
有する動詞は数多くある。
D補助動詞・・・動詞の連用形に続いて使われ、直前の動詞に敬意をもたせる働きをする
動詞。助動詞と同様な働きをする点で補助動詞と呼ぶが、自立語である点が助動詞とは
異なる。なお、品詞分類上は動詞として扱う。補助動詞という品詞はないので注意。
例・ただ一所深き山に入り給ひぬ。
(ただお一人で深い山の中へお入りになってしまった。)
E助動詞・・・「る」「らる」「す」「さす」「しむ」には尊敬の意を持たせる働きがある。単独では
使われず、必ず、助動詞+補助動詞のセットで使われる。(単独で使われる場合は、尊敬
以外の意味である点に注意)
例・「いずれの山か天に近き」と問はせ給ふ。
(「どの山が天に近いか」とお尋ねになられる。)
CDEについては特に重要なので、詳細は個々の単語を参照。
【おはす】 ***********************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」「居り」の尊敬語
A「来」の尊敬語
B「行く」「出づ」の尊敬語
<訳し方>@「いらっしゃる」(例・ここにおはするかぐや姫は重き病をし給へば、え出でおは
しますまじ。
→ここにいらっしゃるかぐや姫は重い病にかかっていらっしゃ
るので、外にはお出になれますまい。)
A「おいでになる」(例・旅の御姿ながらおはしたり。
→旅の御装束のままで、おいでになりました。)
B「お出かけになる」(例・おはしぬと人には見え給ひて、三日ばかりありて漕ぎ
帰りぬ。
→お出かけになったと周囲の人に思われるようになさって、
三日ほど経ってから船を漕いで帰って来た。
<活用種類>サ行変格活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・かかる人も世に出でおはするものなりけり。
→こんな立派なお方もよくこの末世に生まれていらっしゃる
ものだなあ。)
<活用種類>サ行変格活用
【おはします】 ********************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」「居り」の尊敬語
A「来」の尊敬語
B「行く」「出づ」の尊敬語
<訳し方>@「いらっしゃる」(例・世に長くおはしますまじきにや。
→この世に長くいらっしゃることはできそうにないのではないか。)
A「おいでになる」(例・わが御家へも寄り給はずしておはしましたり。
→ご自分の御殿にもお寄りにならずに、おいでになりました。)
B「お出かけになる」(例・はやおはしまして、夜更けぬさきに帰らせおはしませ。
→早速東山へお出かけになって、夜が更けないうちにお帰り
くださいませ。)
<活用種類>サ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・思し嘆きおはしますを聞き給ふに、いとかたじけなくて、
せめて強く思しなる。
→帝が自分のことをご心配なさっていらっしゃることをお聞
きになると、たいへん申し訳ない気持ちになって、気力を
強く持とうとお思いになる。)
<活用種類>サ行四段活用
【います】 ***********************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」「居り」の尊敬語
A「行く」「来」の尊敬語
<訳し方>@「いらっしゃる」(例・我が恋ふる妹はいますと人の言へば岩根さくみてなづみ来し
→私が恋い慕っている妻がいらっしゃると人が言うので、大きい
岩を踏み分けて苦労してやって来た)
A「おいでになる」(例・かかる道は、いかでかいまする。
→こんな道をどうして通っておいでになるのですか。)
<活用種類>奈良時代まではサ行四段活用だが、平安時代はサ行変格活用である。
なお、鎌倉時代以後は使われていない。
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・をこなりと見て、かく笑ひいまするが恥づかし。
→愚かだと思って、このように笑っていらっしゃるのは体裁が
悪い。)
<活用種類>奈良時代まではサ行四段活用だが、平安時代はサ行変格活用である。
なお、鎌倉時代以後は使われない。
【いますがり】 ********************************************************************
*漢字では「在すがり」と表記される。「いますがあり」の短縮形。平安時代に流行した俗語
であるため、奈良時代以前、及び鎌倉以後の作品には見られない。
*「いましかり」「いますかり」「いまそがり」「みまそがり」とも表記されることもあるが、いずれ
も「いますがり」と同一語であり、同義である。
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「あり」「居り」の尊敬語
<訳し方>「いらっしゃる」(例・翁のあらむ限りは、かうてもいますかりなむかし。
→私が生きている間は、こうして独身のままでもいらっしゃれま
しょうよ。)
<活用種類>ラ行変格活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・気色ばみいますかれども、え書き並べじものをや。
→自信たっぷりでいらっしゃっるけれども、あの二人が書い
たのと同じように私が書けないことはあるまい。)
<活用種類>ラ行変格活用
【ます】 *************************************************************************
*主に奈良時代に用いられた。平安時代は「おはす」にとって代わった。
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」「居り」の尊敬語
A「行く」「来」の尊敬語
<訳し方>@「いらっしゃる」(例・海にます神の助けにかからずば潮のやほひにさすらへな
まし
→もし海の中にいらっしゃる住吉明神のお助けによらなかった
ら、自分も沖に漂流していただろうに。)
A「お出かけになる」(例・我が背子が国へましなばほととぎす鳴かむ五月はさ
ぶしけむかも
→あなたが奈良へお出かけになったら不如帰の鳴く五月
は淋しいことだろうよ。)
<活用種類>サ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・神・仏明らかにましまさば、この憂へ休め給へ。
→明らかに御覧になる神様・仏様でいらっしゃるならば、ご主
人様のご悲嘆をおとめください。)
<活用種類>サ行四段活用
【まします】 **********************************************************************
*平安時代にも若干の用例があるが、主に鎌倉時代以後に用いられた。
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「あり」「居り」の尊敬語
<訳し方>「いらっしゃる」(例・高倉院の皇子は、主上のほか三所ましましき。
→高倉上皇の皇子は、安徳天皇の他にお三方いらっしゃった。)
<活用種類>サ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていらっしゃる」(例・神・仏明らかにましまさば、この憂へ休め給へ。
→明らかに御覧になる神様・仏様でいらっしゃるならば、ご主
人様のご悲嘆をおとめください。)
<活用種類>サ行四段活用
【たまふ】<尊敬> ***************************************************************
*動詞・補助動詞の用法とも、尊敬の意味で使われる場合と、謙譲の意味で使われる場合
とがある。尊敬はハ行四段活用、謙譲はハ行下二段活用であるので注意したい。
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「与ふ」「授く」の尊敬語。
<訳し方>@「お与えになる」(例・多くの銭を給ひて、数日に営み出して掛けたりけるに・・・
→たくさんの金銭をお与えになって、数日で水車を作り出して
大井川の水に水車を仕掛けたところ・・・)
A「下さい」(例・唐土にある火鼠の皮衣を給へ。
→中国にある火鼠の皮衣を下さい。)
※Aは命令形の場合の訳し方。それ以外は@の訳を用いる。
<活用種類>ハ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>動詞・助動詞の連用形に続いて用いられ、直前の用言に尊敬の意をもたせる。
<訳し方>@「お(ご)〜になる」(例・夜を明かし給ふべきにあらねば、帰らせ給ひぬ。
→このまま夜をお明かしになることもできそうにないので、
宮中へお帰りになられた。)
A「〜なさる」(例・いみじく静かに、公に御文奉り給ふ。
→たいへん落ち着いた様子で、帝にお手紙を差し上げなさる。)
B「〜ていらっしゃる」(例・かぐや姫は罪を作り給へりければ、かく賤しきおのれ
が許にしばしおはしつるなり。
→かぐや姫は天上の世界で罪を犯していらっしゃったの
で、こんな賤しいお前の所にしばらくおいでになったの
だ。)
C「お〜ください」(例・我に今一度、声をだに聞かせ給へ。
→私にもう一度せめて声だけでもお聞かせください。)
※@ABは命令形以外の訳し方。原則として@で良いが、動詞によっては「お〜になる」
「ご〜になる」という表現では不適切な場合があるので、適宜、現代語訳としてふさわしい
言葉遣いになるようABを選択する。 Cは命令形の場合の訳し方で、この場合は相手に
物事を依頼・懇願する表現になる。
<活用種類>ハ行四段活用
【御覧ず】 ***********************************************************************
<用法>「見る」の尊敬語
<訳し方>「御覧になる」(例・はじめて御覧じつれば、類なくめでたく覚えさせ給ふ。
→帝が初めてかぐや姫を御覧になったところ、世に比べようもな
くすばらしいとお思いになられる。)
<活用種類>サ行変格活用
【聞こしめす】 ********************************************************************
<用法>@「聞く」の尊敬語
A「飲む」「食ふ」の尊敬語
B「治む」「行ふ」の尊敬語
<訳し方>@「お聞きになる」(例・聞こしめしつけぬにやあらむとて、また奏し給ふ。
→帝がお聞きになっていないのだうかと思って、大納言はもう
一度申し上げなさる。)
A「召し上がる」(例・ひろげて御覧じて、いといたくあはれがらせ給ひて、物も聞
こしめさず。
→帝は手紙を広げて御覧になり、とてもしみじみとお感じにな
って、何も召し上がらない。)
B「お治めになる」(例・桜花今盛りなり難波の海おしてる宮に聞こしめすなへ
→桜は今が満開だ。難波の海が輝いている宮で、我が大君
が世をお治めになる、ちょうどその時に。)
<活用種類>サ行四段活用
<特記事項>@の「聞く」の尊敬語として、他に「聞き給ふ」があるが、これよりも敬意が高い。
「聞こしめす」は「聞かせ給ふ」とともに、天皇・上皇・法皇に対して用いられる、
いわゆる最高敬語である。
【のたまふ】 **********************************************************************
<用法>「言ふ」の尊敬語
<訳し方>「おっしゃる」(例・こは、なでふことのたまふぞ。
→これは、いったい何ということをおっしゃっるのか。)
<活用種類>ハ行四段活用
<特記事項>「言ふ」の尊敬語として、他に「のたまはす」「仰せらる」がある。「のたまふ」より
も敬意が高く、天皇・上皇・法皇に対して用いられる、いわゆる最高敬語である。
【のたまはす】 ********************************************************************
<用法>「言ふ」の尊敬語
<訳し方>「おっしゃる」(例・「御狩行幸し給はんやうにて見てんや」とのたまはす。
→御鷹狩の御幸をするふりをして、かぐや姫を見てしまおう」と
おっしゃっる。)
<活用種類>サ行下二段活用
<特記事項>「言ふ」の尊敬語でも、「のたまふ」より敬意が高い。「仰せらる」と共に、天皇・
上皇・法皇に対して用いられる、いわゆる最高敬語である。
【仰す】 *************************************************************************
<用法>@「命ず」の尊敬語
A「言ふ」の尊敬語
<訳し方>@「お命じになる」(例・司々に仰せて、勅使少将高野の大国といふ人を指して、
六衛の司あはせて二千人の人を竹取が家に遣はす。
→帝は各役所にお命じになり、勅使に近衛少将高野の大国
という人を指名して、六衛府合わせて2000人の役人を竹取
の翁の家に派遣させる。)
A「おっしゃる」(例・かくなむ帝の仰せ給へる。なほやは仕うまつり給はぬ。
→このように帝はおっしゃっている。それでもなお、宮中にお仕
えなさらないのか。)
<活用種類>サ行下二段活用
<特記事項>Aの用法で、「仰す」が単独で使われるようになるのは鎌倉時代以後で、平
安時代までは上記の用例のように、「仰せ給ふ」「仰せらる」の形で用いられた。
平安時代においては「のたまはす」と共に、最高敬語である。
【思す】 *************************************************************************
<用法>「思ふ」「考ふ」の尊敬語
<訳し方>「お思いになる」(例・「なほ、物思すことあるべし」とささやけど、親を始めて、何
事とも知らず。
→「やはり、何かお思いになることがあるのだろう」とささやくが、
親をはじめとして、かぐや姫が何事を悩んでいるのかがわから
ない。)
<活用種類>サ行四段活用
<特記事項>奈良時代までは「思ほす」が使われた。「思す」は「思ひ給ふ」と同程度の敬
意で、普通の尊敬語である。これよりさらに程度の高い尊敬語は「思しめす」
である。
【思しめす】 **********************************************************************
<用法>「思ふ」「考ふ」の尊敬語
<訳し方>「お思いになる」(例・高倉院の皇子は、主上のほか三所ましましき。
→高倉上皇の皇子は、安徳天皇の他にお三方いらっしゃった。)
<活用種類>サ行四段活用
<特記事項>「思す」「思ひ給ふ」よりも敬意の程度が高い。
天皇・上皇・法皇に対して用いる、いわゆる最高敬語である。
【大殿籠る】 **********************************************************************
<用法>「寝」の尊敬語
<訳し方>「お休みになる」(例・今は明けぬるに、かう大殿籠るべきかは。
→もう夜が明けてしまったのに、このようにお休みになってよい
ものだろうか。)
<活用種類>ラ行四段活用
【召す】 *************************************************************************
<用法>@「呼び寄す」の尊敬語
A「取り寄す」の尊敬語
B「飲む」「食ふ」の尊敬語
C「乗る」の尊敬語
<訳し方>@「お呼び寄せになる」(例・召せば、御答へして起きたれば・・・。
→源氏の君は院の預かりの子をお呼び寄せになると、
預かりの子は返事して起きたので・・・)
A「お取り寄せになる」(例・まづ軾を召さるべくや候ふらん。
→まず敷物をお取り寄せになるべきでございまょうか。)
B「召し上がる」(例・いかにかくは召すぞ。
→どうしてこのように召し上がるのか。)
C「お乗りになる」(例・さては、この舟には召さざりけり。
→それでは、帝はこの船にはお乗りにならなかったのだ。)
<活用種類>サ行四段活用
【聞こゆ】 ***********************************************************************
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
*「聞ゆ」と表記される場合もあるが、読み方や用法・語義は同じである。
A・動詞の場合
<用法>「言ふ」の謙譲語
<訳し方>「申し上げる」(例・「物おぢをなん、わりなくせさせ給ふ御本性にて、いかに思さ
るるにか」と、右近も聞こゆ。
→「夕顔の君は物怯えをやたらになさる性格ですので、どんなに
恐ろしく思っていらっしゃることでしょうか」と、右近は申し上げる。)
<活用種類>ヤ行下二段活用
<特記事項>「言ふ」の謙譲語としては中程度。「申す」よりも敬意の程度が高いが、「聞こ
えさす」よりは低い。さらに、「啓す」は皇后や皇太子、「奏す」は天皇・上皇・
法皇に対して発言する場合に用いる最高敬語であることも知っておきたい。
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の用言に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・日高くなれど、起き上がり給はねば、人々怪しがりて、
御粥などそそのかし聞こゆれど・・・。
→日が高くなったが、源氏の君は起き上がりなさらないの
で、そばに控えている人々は不審に思い、御粥などをお
勧め申し上げるが・・・)
<活用種類>ヤ行下二段活用
【聞こえさす】 ********************************************************************
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
*「聞えさす」と表記される場合もあるが、読み方や用法・語義は同じである。
A・動詞の場合
<用法>「言ふ」の謙譲語
<訳し方>「申し上げる」(例・つれづれに籠らせ給へらむほど、何とも侍らむ昔物語も、
参り来て聞こえさせん。
→御引き籠りになって退屈でいらっしゃる間は、私が
とりとめもない昔話でも、参上してお話申し上げよう。)
<活用種類>サ行下二段活用
<特記事項>「言ふ」の謙譲語としては、「奏す」「啓す」の次に敬意の程度が高い。
「聞こえさす」より敬意の低い語に「申す」「聞こゆ」がある。
「啓す」は皇后や皇太子、「奏す」は天皇・上皇・法皇に対して発言する場合
に用いる最高敬語であるので、皇族以外の者に用いる場合、「聞こえさす」
が最も敬意の程度が高いことも知っておきたい。
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の用言に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・何か、隔て聞こえさせ侍らむ。
→どうして私がお隠し申し上げましょうか。)
<活用種類>サ行下二段活用
【参らす】 ***********************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「与ふ」謙譲語
<訳し方>「差し上げる」(例・薬の壺に、御文添へて参らす。
→薬の入った壺に、かぐや姫からのお手紙を添えて帝に差し上
げる。)
<活用種類>サ行下二段活用
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の用言に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・年来申し承つて後、疎かならぬ御事に思ひ参らせ候へど
も・・・。
→ここ何年もの間、和歌の教えを戴いてから後は、並々なら
ぬ有りがたいこととお思い申し上げておりますが・・・)
<活用種類>サ行下二段活用
<特記事項>平安時代末期以降から見られる用法である。
【奉る】 *************************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「与ふ」謙譲語
A「遣る」の謙譲語
<訳し方>@「差し上げる」(例・いみじく静かに、公に御文奉り給ふ。
→かぐや姫はとても落ち着いた様子で、帝にお手紙を差し上
げなさる。)
A「参上させる」(例・汝が持ちて侍るかぐや姫奉れ。
→お前が娘として置いているかぐや姫を宮中へ参上させろ。)
<活用種類>ラ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の用言に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・かぐや姫に見せ奉り給へ。
→かぐや姫にお見せ申し上げてください。)
<活用種類>ラ行四段活用
【たまふ】<謙譲> ***************************************************************
*動詞・補助動詞の用法とも、尊敬の意味で使われる場合と、謙譲の意味で使われる場合
とがある。尊敬の場合はハ行四段活用であるので注意したい。
*単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「飲む」「食ふ」「受く」の謙譲語。
<訳し方>「いただく」(例・魂は朝夕べに給ふれど吾が胸痛し恋の繁きに
→あなたの真心は毎日いただいていますが、それでも私の心は痛
みます。あなたを恋する思いの激しさのために。)
<活用種類>ハ行下二段活用
<特記事項>奈良時代までの作品に限って用いられ、平安時代以後の作品には見られない。
B・補助動詞の場合
<用法>特記事項に記した特定の動詞の連用形に続いて用いられ、これらの動詞に謙譲
の意をもたせる。
<訳し方>「〜ております」(例・「人に漏らさじと思う給ふれば、惟光おり立ちて万は物し侍
り」など申す。
→「とにかく誰にも知らせまいと思っておりますので、この私が
万事お取り計らいしています」などと申し上げる。)
※例文中の「思う給ふれば」の「思う」は、連用形「思ひ」のウ音便。
<活用種類>ハ行下二段活用
<特記事項>用法はきわめて限定されているので、尊敬の補助動詞「給ふ」との判別に役
立つ。
1・直前の動詞は「思ふ」「見る」「知る」「聞く」に限られ、それ以外の動詞には接続しな
い。
2・会話文・手紙文に限って使われ、地の文には見られない。
3・平安時代の仮名文学に限られ、他の時代の作品には見られない。
4・「思い知る」などの複合動詞の場合は、「思ひ給へ知る」となり、両方の動詞の間に
「給ふ」が挿入された形になる。
5・命令形は存在しない。また、終止形の用例も稀。
【仕うまつる】 ********************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「仕ふ」の謙譲語
A「行ふ」「す」の謙譲語
<訳し方>@「お仕え申し上げる」(例・常に仕うまつる人を見給ふに、かぐや姫の傍らに寄
るべくだにあらざりけり。
→日頃、帝にお仕え申し上げる女性方を御覧になるが、
誰一人として、かぐや姫のそばに近寄ることさえでき
そうになかった。)
A「いたします」(例・親たちの顧みをいささかだに仕うまつらで、まからむ道も安
くもあるまじ。
→お父様・お母様のお世話を少しもいたしませんので、月の都
に帰る私の道中も心安らかではないでしょう。)
<活用種類>ラ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形に続いて用いられ、直前の用言に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・御乳母たちだに、心にまかせたること、引き出だし仕うま
つるな。
→たとえ養育係りの女性たちでも、自分勝手なことを斎宮の
上にお引き起こし申し上げるな。)
<活用種類>ラ行四段活用
【申す】 *************************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「言ふ」の謙譲語
A「願ふ」「請ふ」の謙譲語
<訳し方>@「申し上げる」(例・翁の申さんことは、聞き給ひてむや。
→翁の申し上げることは、きっと聞き入れてくださるでしょうね。)
A「お願いする」(例・小松殿のやうやうに申されけるによつてなり。
→死刑の人が流刑になった理由は、小松殿がいろいろとお願い
されたことによるのである。)
<活用種類>サ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の動詞に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「お〜申し上げる」(例・その人に逢ひ奉りて、恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり。
→その人にお会いして、恨みをお晴らし申し上げたいと思って、
お尋ね申し上げるのである。)
<活用種類>サ行四段活用
【承る】 *************************************************************************
<用法>@「聞く」の謙譲語
A「受く」の謙譲語
<訳し方>@「お聞きする」(例・何事をか、のたまはん事は承らざらむ。
→どんなことでも、翁のおっしゃることをお聞きしないことがあ
りましょうか。)
A「お受けする」(例・男ども、仰せの事を承りて申さく・・・
→家臣の者どもが大納言の仰せ事をお受けして申し上げるこ
とには・・・)
<活用種類>ラ行四段活用
【存ず】 *************************************************************************
<用法>「思ふ」の謙譲語
<訳し方>「存じます」(例・疎略を存ぜずと言へども、常に参り寄る事も候はず。
→和歌の道を疎かにしようとは存じません。とは言うものの、常に
先生のもとに参上してお寄りすることができませんでした。)
<活用種類>サ行変格活用
【賜る】 *************************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>「受く」の謙譲語
<訳し方>「いただく」(例・五穀を絶ちて、千余日に力を尽したること少なからず。しかるに、
禄いまだ賜らず。
→穀類も食べずに千余日もの間、尽力したことは並一通りではあり
ません。それなのに、いまだにその報酬をいただいていません。)
<活用種類>ラ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>動詞の連用形に続いて用いられ、直前の動詞に謙譲の意をもたせる。
<訳し方>「〜ていただく」(例・現し心なく酔ひたる者に候ふ。曲げて許し賜らん。
→正気もなく酔っ払っている者でございます。
どうか理を曲げて、この場は許していただきたいのです。)
<活用種類>ラ行四段活用
【奏す】 *************************************************************************
<用法>「言ふ」の謙譲語
<訳し方>「申し上げる」(例・かぐや姫をえ戦ひとめずなりぬる事、こまごまと奏す。
→かぐや姫を連れ戻そうとする天の人と戦って、姫を引き止めら
れなかった事情を、帝に詳しく申し上げる。)
<活用種類>サ行変格活用
<特記事項>この単語は天皇・上皇・法皇に対して発言する場合に限って使われる。
皇后・皇太子の場合は「啓す」、皇族以外の相手に対しては、「聞こえさす」
「聞こゆ」「申す」のいずれかが使われる。
【詣づ】 *************************************************************************
<用法>「行く」の謙譲語
<訳し方>@「参上する」(例・かのもとの国より、迎へに人々詣で来むず。
→あの元の月の都から、私を迎えに人々が参上して来ようとして
います。)
A「参拝する」(例・あるとき思ひ立ちて、ただ一人、徒歩より詣でけり。
→あるとき思い立って、たった一人で、徒歩で参拝した。)
<活用種類>ダ行下二段活用
<特記事項>@Aの判別は、行く場所による。行先が寺社の場合はAの現代語訳となる。
それ以外は@となる。
【罷る】 *************************************************************************
<用法>@「去る」の謙譲語
A「行く」の謙譲語
<訳し方>@「退出する」(例・程なく罷りぬべきなめりと思ふが悲しく侍るなり。
→間もなくこの人間の世界からおいとましなければならないと思う
と、悲しゅうございます。)
※一応、「退出する」が標準的な現代語訳ではあるが、上の例のように「失礼す
る」「おいとまする」「お別れする」「帰る」など、文脈に応じて適切な現代語訳に
意訳する場合がある。
A「参る」(例・筑紫の国に湯あみに罷らむ。
→筑紫の国に湯治に参ろうと思います。)
※他にも「出かける」「参上する」などと訳す場合がある。
<活用種類>ラ行四段活用
<特記事項>同義語に「罷づ」がある。「罷づ」は主として地の文に用いられ、「罷る」は会話
文・手紙文・心内表現文に用いられた。
【罷づ】 *************************************************************************
<用法>@「去る」の謙譲語
A「行く」の謙譲語
<訳し方>@「退出する」(例・「仰せ事もなし。暁、御迎へに参るべきよし」申してなん、罷で
侍りぬる。
→「ご用命もないし、明朝早くお迎えに参上しよう」と申しまして、
この院から退出してしまいました。)
※一応、「退出する」が標準的な現代語訳ではあるが、他にも「失礼する」
「おいとまする」「お別れする」「帰る」など、文脈に応じて適切な現代語訳
に意訳する場合がある。
A「参る」(例・障る事ありて罷らで。
→差し支える用事があって花見に参れなくて。)
※他にも「出かける」「参上する」などと訳す場合がある。
<活用種類>ダ行下二段活用
<特記事項>同義語に「罷る」がある。「罷る」は主として会話文・手紙文・心内表現文に用
いられ、「罷づ」は地の文に用いられた。
【参る】 *************************************************************************
<用法>@「行く」の謙譲語
A「与ふ」の謙譲語
B「行ふ」「す」の謙譲語
<訳し方>@「参上する」(例・日暮れて、惟光参れり。
→日が暮れてから、惟光が参上した。)
A「献上する」(例・左大将の北の方、若菜参り給ふ。
→左大将の奥方が、源氏の君に若菜を献上していらっしゃる。)
B「〜して差し上げる」(例・加持など参るほど、日高くさしあがりぬ。
→徳の高い僧侶が加持祈祷などをして差し上げるうちに、
日が高く上った。)
<活用種類>ラ行四段活用
【候ふ】<謙譲> *****************************************************************
<用法>「あり」「居り」の謙譲語
<訳し方>「お傍に控える」(例・人は少なくて、候ふ限り、みな寝たり。
→宿直の者は少人数で、今夜お傍に控えている者もみんな
寝ている。)
<活用種類>ハ行四段活用
【侍り】<謙譲> *****************************************************************
<用法>「あり」「居り」の謙譲語
<訳し方>「お傍に控える」(例・声おもしろく由ある者は侍りや。
→声の素晴らしくて由緒ある血筋の者はお傍に控えているか?)
<活用種類>ラ行変格活用
【候ふ】<丁寧> *****************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」の丁寧語
A「居り」の丁寧語
<訳し方>@「ございます」(例・弓矢取りは年来日来いかなる高名候へども、最後のとき
不覚しつれば、永き瑕にて候ふなり。
→武士は常日頃、どんなに名声がございましても、最期につ
まらぬ失敗をしてしまうと、末代まで不名誉なことになると
か言われます。)
A「おります」(例・兼平一人候ふとも、余の武者千騎と思し召せ。
→この兼平が一人おりますだけで、味方の武士が一千騎いると
お思いください。)
<活用種類>ハ行四段活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形、または接続助詞「て」に続いて用いられ、直前の用言に丁寧の意
をもたせる。
<訳し方>@「〜ます」(例・御身は疲れさせ給ひて候ふ。
→お体はお疲れになっていらっしゃいます。)
A「〜です」(例・それは味方に御勢が候はねば、臆病でこそさは思し召し候へ。
→その理由は味方に御軍勢がございませんので、弱気になってそ
のようにお思いになるのです。)
<活用種類>ハ行四段活用
【侍り】<丁寧> *****************************************************************
単独に動詞として用いられる場合と、補助動詞として用いられた場合とで、用法・訳し方が
異なるので注意。
A・動詞の場合
<用法>@「あり」の丁寧語
A「居り」の丁寧語
<訳し方>@「ございます」(例・ことごとしくすべきにも侍らず。
→大げさにしなければならないようなものでもございません。)
A「おります」(例・北山になむ、なにがし寺といふ所に、賢き行ひ人侍る。
→北山の何とか寺という所に、優れた修験者がおります。)
<活用種類>ラ行変格活用
B・補助動詞の場合
<用法>用言の連用形、または接続助詞「て」に続いて用いられ、直前の用言に丁寧の意
をもたせる。
<訳し方>@「〜ます」(例・過ぎ別れぬること、返す返す本意なくこそ覚え侍れ。
→この国から去って別れてしまうことは、返す返すも不本意なこと
と感じられます。)
A「〜です」(例・御心をのみ惑はして去りなむ事の、悲しく耐へがたく侍るなり。
→ご心配ばかりおかけして月の都へ去って行くことが、悲しくてこ
らえきれないのです。)
<活用種類>ラ行変格活用