行列の必須技法                            戻る

 数学Uで学ぶ「指数・対数」は、一旦分かってしまえば易しいと思われる計算だが、計算
力が乏しく、指数関数的経験がそれまであまりなかった場合は、極端に難しい計算と思え
るようで、生徒は無意識の内に、「2」を「2掛ける x 」としてしまいがちである。

 それと同じような現象が、数学Cで学ぶ「行列」でも起こる。成分同士の計算までは特に
問題は起こらないのだが、行列そのものをアクロバット的に処理する段になると、途端に
途方に暮れる生徒が増えてくる。

 たとえば、

  2次の正方行列
             

が、 A2=A を満たすとき、a+d と ad−bc の値を求めよ。


という問題で、

  

から、連立方程式

     a2+bc=a 、 ab+bd=b 、 ac+cd=c 、bc+d2=d

を作り、これより、a+d と ad−bc の値を求めることは初学者向けによく行われる計算で
ある。

 実際に計算してみると、  ab+bd=b 、 ac+cd=c より、

       (a+d−1)b=0 、 (a+d−1)c=0

   a+d≠1 のとき、 b=c=0

     このとき、 a2=a 、 d2=d より、 a=0、1  d=0、1

    a+d≠1 なので、 ( a , d )=( 0 , 0 )、( 1 ,1 )

    よって、 a+d=0 、 ad−bc=0

             または、 a+d=2 、 ad−bc=1

   a+d=1 のとき、 ad−bc=a(1−a)−bc=a−a2−bc=a−a=0

  以上から、 ( a+d , ad−bc )=( 0 , 0 )、( 1 , 0)、( 2 , 1 )


 ただ、この計算は十分基本的なのだが、4つ文字がある連立方程式を解く経験が、今の
高校生には決定的に不足している。(3元連立一次方程式が、数学Tの2次関数の決定
で扱われるが、2次関数の決定を題材にしている以上、連立方程式の形は特殊な場合に
限られ、さらなる応用力を期待するのは難しい。その状態で学ぶ話なので、上記の計算を
難しいと感じる生徒もきっと多いに違いない。この責任は文科省に負うところ大である。)

 上記の計算を難しく感じる生徒にとって、解法にハミルトン・ケーリーの定理を使おうもの
なら途中で「訳分からん!」と匙を投げてしまうことは十分予想されるし、現実でもある。

 ただ、ハミルトン・ケーリーの定理は行列の計算では非常に有効な定理なので、この定
理の克服が行列学習のひとつの山場と言っても言い過ぎではないように思う。

 ハミルトン・ケーリーの定理を用いれば、次のように解かれる。

 行列 A に対して、 A2−(a+d)A+(ad−bc)E=O が成り立つ。

 A2=A なので、 A−(a+d)A+(ad−bc)E=O

 すなわち、  (a+d−1)A=(ad−bc)E

 a+d=1 のとき、 ad−bc=0

 a+d≠1 のとき、 A=kE (k は定数) とおける。 (← ここの部分がキーポイント

 A2=A に代入して、 k2E=kE より、 k2=k   よって、 k=0、1

 k=0 のとき、 A=O  このとき、 a+d=0 、 ad−bc=0

 k=1 のとき、 A=E  このとき、 a+d=2 、 ad−bc=1

  以上から、 ( a+d , ad−bc )=( 0 , 0 )、( 1 , 0)、( 2 , 1 )

(コメント) この解法について息子に感想を聞いたら、「解けるけれど、なんかしっくりこな
      いなあ〜」とのこと。そう言えば、私も高校生の頃、この不可解な解法に悩んだ
      記憶が蘇ってきた...。今では、ごく自然な解法と思っているのだが。

 ハミルトン・ケーリーの定理は、行列の n 乗の計算などに有効である。

例 
  2次の正方行列
              

 について、 A2、A3、A4、A10 を計算せよ。

 ハミルトン・ケーリーの定理より、 A2+A+E=0

 よって、
       

  また、 A3−E=(A−E)(A2+A+E)=O より、 A3=E

  このとき、 A4=A3A=EA=A 、 A10=(A33A=E3A=EA=A

(コメント) 普通に成分計算しても求められるが、上記の方がちょっとおしゃれかな?

 上記の場合は、あまりハミルトン・ケーリーの定理の恩恵が感じられないが、次の問題で
は実感できることだろう。

例 
  2次の正方行列
              

 について、 A3−6A2+4A+5E を計算せよ。

 ハミルトン・ケーリーの定理より、 A2−4A−5E=0

よって、
      

(コメント) まともに成分計算してもよいが、この方法に慣れてしまうと成分計算が億劫に
      なるのは私だけ...?

 ハミルトン・ケーリーの定理は、高校では、2次の正方行列に限定されているので、その
証明は、教科書では成分計算で確かめることで終了している。

  (追記) 平成20年8月23日付け

      同じ成分計算をするにしても、次のような手法があることを最近知ったので紹介
     したい。もしかしたら皆さんにとっては既知の手法かもしれないが...。

     (ハミルトン・ケーリーの定理の証明)

       A2−(a+d)A

      =A{A−(a+d)E}  (← このような式変形が上手いですね!)

      

      よって、 A2−(a+d)A+(ad−bc)E=O が成り立つ。 (証終)

 しかし、ハミルトン・ケーリーの定理は、一般の n 次の正方行列について常に成り立つ
事実であるので、ここでは一念発起し、一般の n 次の正方行列についても簡単に、その
証明が類推出来るように、一般の線形代数学で行われている理論を、2次の正方行列の
話に焼き直して、成分計算によらないハミルトン・ケーリーの定理の証明を、このページで
試みようと思う。

 参考にさせていただいた文献は、

   三宅敏恒 著  入門線形代数  (培風館)

 具体的な例や例題が豊富で、分かりやすい演習形式の良書である。
三宅先生の研究室は私の所属する研究室の近くだったので、多分、お茶会で、お会いしているかな...?

 以下で、行列は全て、2次の正方行列とする。

 行列
     

に対して、行と列を入れ替えた行列を、転置行列といい、

    

で表す。転置行列について、次の性質が成り立つことは明らかだろう。

     (A+B)=A+B    (AB)=

 また、列ベクトルを、
                 
とおくと、行列 A は、
              A=(   

と書ける。このような表し方を、行列 A の分割という。上記では、列ベクトルで分割してい
るが、もちろんいくつかの小行列に分割することもありえる。

 この分割という考え方は、次のような場合にとても有効である。

  (1) 成分に、まとまって「0」があるときに、行列の積を求める

  (2) 成分に、まとまって「0」があるときに、行列式を求める

  (3) 固有値、固有ベクトルを利用して、行列の対角化を求める

 中学2年で学ぶ連立1次方程式の解法の原則は、「文字の消去」である。その方策として、
中学では、「代入法」「加減法」「等置法」などが指導されている。

 その式変形に共通する原理は、

 (イ) 1つの式に、0以外の数を掛けても解は不変

 (ロ) 式と式を入れ替えても解は不変

 (ハ) 1つの式に、他の式を何倍かしたものを加えても解は不変

である。 この原理をもとに連立方程式を解く方法を、「掃き出し法」という。

 この掃き出し法は、行列の様式で、簡潔に表現される。その際に用いられる原理は、上
記の原理を行列の言葉に置き換えて次のような形となる。

 (A) 1つの行に、0以外の数を掛けても解は不変

 (B) 行と行を入れ替えても解は不変

 (C) 1つの行に、他の行を何倍かしたものを加えても解は不変

例 連立方程式
           
  を解け。

  (解) 掃き出し法による。

 
−1
 
10 ・・・ 第2行を3倍したものを第1行に加える
−1
 
・・・ 第1行を5で割る
−1
 
−1 −1 ・・・ 第1行を−1倍したものを第2行に加える
 
・・・ 第2行を−1で割る

    以上から、求める方程式の解は、 x=2 、 y=1 となる。

 行列 A に対して、 AB=BA=E となる行列 B が存在するとき、行列 A は逆行列を持
つといい、
        B=-1
と表す。

 上記の掃き出し法による解法は、逆行列を用いれば次のようになる。

 ここで、
      

に対して、その逆行列 A-1 は、
                     

                    (ただし、 detA=ad−bc である。)
なので、
      

より、
    

    すなわち、求める方程式の解は、 x=2 、 y=1 となる。

 上記の掃き出し法によれば、係数行列 A は簡約されて、単位行列 E になっている。す
なわち、係数行列が行列の基本変形(A)(B)(C)により単位行列 E に簡約されれば、係
数行列 A は必ず逆行列を持つことが分かる。

 行列 A の逆行列の計算で、行列式 detA の値および余因子の考え方が大切である。

 行列
      

に対して行列式 detA=ad−bc であるが、置換の考えを用いて次のように定義されるも
のである。(→ 参考:「ヤコビの定理」)

      

 ただし、 a=a11 、 b=a12 、 c=a21 、 d=a22 で、さらに、

      sgn(σ)=(−1) (m は、置換 σ を表す互換の数) とする。

 この行列式の絶対値 |detA|は、2つの列ベクトル

                 

が生成する平行四辺形の面積|ad−bc|に等しいことは興味深い結果である。

           

 行列式の定義から明らかなように、次の性質が成り立つ。

   (1) 行と列を入れかえても、行列式の値は不変(行と列に関して対称)

        すなわち、 det A=det

   (2) 2つの行(列)を入れかえると、行列式は、−1 倍になる

        行(列)を入れ替えると、もとの置換に互換が新たに乗ぜられるので、符号は、
       −1 倍になる。

   (3) 行列式は、各行(列)に関して線形である

   (4) 1つの行(列)の共通因数は、行列式の外にくくりだせる

   (5) 1つの行(列)の要素が全て0ならば、行列式の値は0

   (6) 2つの行(列)が等しいとき、行列式の値は0

        等しい行(列)を入れ替えると、(2)より、det A=−det A なので、det A=0

  このとき、(3)と(6)から、

   (7) 1つの行(列)に任意の数をかけて他の行(列)に加えても行列式の値は不変

 行列式に関して、次の定理がよく用いられる。

     det AB=det A・det B

 2次の正方行列では、成分計算により確かめられるが、ここでは、より一般的な場合にも
通用する証明を与えておこう。

(証明) まず、4次の正方行列の行列式について、

        

   が成り立つことを示す。

       

  において、左辺の成分の状況から、σに関する和は、

      σ(1)=1、σ(2)=2  または σ(1)=2、σ(2)=1

  の場合だけを考えればよい。このとき、

      σ(3)=3、σ(4)=4  または σ(3)=4、σ(4)=3

  したがって、 { 1 , 2 }の置換を τ、 { 3 , 4 }の置換を ρ とすると、

   
 が成り立つ。

  次に、左辺の行列式において、次のような操作を行う。

   第1列に x 、第2列に z を掛けたものを第3列に加える

   第1列に y 、第2列に w を掛けたものを第4列に加える

 すなわち、
     (証終)

 上記証明で示したことは、いろいろな場面で活用される。

 読者のために練習問題を残しておこう。

練習問題  次の等式が成り立つことを示せ。

     

 また、公式 det AB=det A・det B の練習問題も残しておこう。

練習問題  A3=E ならば、detA=1 であることを示せ。


 次に、余因子を定義しよう。

 2次の正方行列Aに対して、その第 p 行第 q 列を取り去って得られる行列の行列式に
(−1)p+q を掛けたものを、行列Aの第(p,q)余因子といい、△pqで表す。

(例)  行列
         

   について、   △11=(−1)2×4=4 、 △12=(−1)3×3=−3
             △21=(−1)3×2=−2 、 △22=(−1)4×1=1

 この余因子の考えを用いると、行列式は、次の式で計算される。

 行列
    

に対して、
       det A=a・△11+b・△12=a・d+b・(−c)=ad−bc

となる。 行列式 A を、このように表すことを、行列式 A の余因子展開という。

 2次の正方行列の場合、この展開の恩恵を受けることは全くないが、より高次の行列式
の計算では有効な方法となる。

 ここで、

   a・△11+b・△12=det A  であるが、 a・△21+b・△22=a・(−b)+b・a=0

という事実も見過ごせない。

 行列Aの第(p,q)余因子 △pq を用いて、余因子行列 A~

      

が定義される。(成分の配置に注意!)

 このとき、 a・△11+b・△12=det A  a・△21+b・△22=0

        c・△11+d・△12=0     c・△21+d・△22=det A

であることから、  A・A~=A~・A=(det A)E  が成り立ち、 det A≠0 のとき、

      

であることが示された。

 また、 det (A・A~)=detA・detA~=det{(det A)E}=(det A)2 において、

      det A≠0 のとき、 detA~=det A

      det A=0 のとき、 A=O ならば、 A~=O なので、 detA~=det A

          A≠O ならば、 A・A~=O より、 A~ は逆行列をもたない。

          すなわち、 detA~=0 が成り立ち、 detA~=det A

    以上から、何れにしても、 detA~=det A が成り立つ。

(コメント) この等式は成分計算すれば明らかだが、一般的な証明を意識すると上述のよ
      うになる。

 行列 A を用いて、1次変換 T()=A が定義される。

 1次変換 T において、次の性質が成り立つ。

     T(x+y)=T()+T()   T(k)=kT()  (kは定数)

 この性質から、 T()= である。すなわち、1次変換により、原点は原点に移される。

 ベクトル 全体の集合を V で表すと、V は、1次独立な2つのベクトル 12 により
生成される。

 このとき、行列の等式 ( T(1) T(2) )=(1 e2 )B を満たす行列 B が存在する。

この行列 B のことを、基底 {12 } に関する表現行列という。

1 e2 )=E のとき、基底 {12 } は標準基底と言われる。

 標準基底においては、表現行列 B は、A と一致する。

 いま、基底 {12 } を別な基底 { e’1e’2 } に変えることを考える。

     ( e’1 e’2 )=(1 e2 )P  (Pは正則行列)

このとき、行列 P のことを、基底の変換行列という。

 1次変換 T の基底 {12 } に関する表現行列を A 、基底 { e’1e’2 } に関す
る表現行列を B とすると、

  ( T(1) T(2) )=(1 e2 )A    ( T(e’1) T(e’2) )=( e’1 e’2 )B

が成り立ち、 ( e’1 e’2 )=(1 e2 )P であるので、

     ( T(e’1) T(e’2) )=( e’1 e’2 )B=(1 e2 )PB

 一方、 ( T(e’1) T(e’2) )=T( e’1 e’2 )=T(1 e2 )P

                             =( T(1) T(2) )P=(1 e2 )AP
 よって、 PB=AP より、
                   B=P-1AP
が成り立つ。

 この公式は、行列の対角化などに応用される。

例 標準基底において、1次変換 T の表現行列を、
                               
 とする。基底 { e’1e’2
                       
 に関する表現行列 B を求めよ。

(解) 基底 { e’1e’2 } の標準基底に関する変換行列 P は、

         

  であるので、求める行列 B は、

     

(コメント) 上記行列の対角成分 2 および 3 は、行列 A の固有値であり、e’1e’2
      は、それらに属する固有ベクトル(の一つ)である。
                               (→ 参考:「固有ベクトルを求める」)

 正方行列 A に対して、
                (λ)=det(λE−A)

を行列 A の固有多項式という。 方程式 (λ)=0 の解を固有値という。

 固有値 λ に属する固有ベクトル (≠)は、 A=λ により得られる。

例 行列
      

 の固有多項式は、 det(λE−A)=(λ−1)(λ−4)−(−2)=λ2ー5λ+6

  よって、 λ2ー5λ+6=(λ−2)(λ−3)=0 より、固有値は 2 と 3

 固有値 2 に属する固有ベクトルの一つは、A−3E の列ベクトルから、
                                             
 固有値 3 に属する固有ベクトルの一つは、A−2E の列ベクトルから、
                                             
であることが直ぐ分かる。


定 理(Cayley-Hamilton)

 正方行列 A の固有多項式 G(λ)について、 G(A)=O が成り立つ。


 この定理は、行列
            
に対して、
       2-(a+d)A+(ad−bc)E=O

と書いた方が高校生にとっては馴染みがあるだろう。

(証明) Bλ=λE−A とおくと、 det Bλ=det(λE−A)=G(λ) なので、

   Bλの余因子行列 Bλ~ について、 Bλλ~ =G(λ)E が成り立つ。

   A は2次の正方行列なので、 Bλ~ は、λについて高々1次の多項式として書ける。

   すなわち、 Bλ~ =λP+Q  (P、Q は2次の正方行列) と書ける。

  このとき、 Bλλ~ =G(λ)E に代入して、 (λE−A)(λP+Q)=G(λ)E

   また、G(λ)は、2次式なので、 G(λ)=λ2+mλ+n (m、n は定数)

  と書ける。ここで、 (λE−A)(λP+Q)=λ2P+(Q−AP)λ−AQ なので、

  係数を比較して、 P=E 、 Q−AP=mE 、 −AQ=nE が成り立つ。

   このとき、  mA=A(Q−AP)=AQ−A2P 、 nE=−AQ なので、

    A2+mA+nE=A2+(AQ−A2P)+(−AQ)=A2+AQ−A2−AQ=O

  となり、これは、 G(A)=O が成り立つことを意味する。 (証終)

(コメント) 上記ではやや遠回りの計算を行っているが、余因子行列の性質から、P、Q は
      行列 A と交換可能であることが分かるので、変数 x に行列 A を代入することは
      可能である。このとき、 G(A)=O であることは、ほとんど自明だろう。
      (成分による証明と比較して、この証明を高校生向けに行うことは無謀ですね!

  代入する際、行列式のλに代入するのではなく、多項式展開されたλに代入するという
 意識は大切であろう。

 上記で、行列の n 乗の計算に、ハミルトン・ケーリーの定理が有効であること、そして、
その実際の計算例を述べた。

 行列の n 乗の計算は、行列の対角化によって行うのが通常だろう。漸化式や確率の計
算等にも活用され、他分野に計算技術の提供をしている点で必ず習得すべき技法の一つ
だと言える。

 その理論的背景では、対角行列
                     
について、
       

という性質の成り立つところが大きい。

 そして、  (P-1AP)=P-1  が成り立つことから、行列Aの n 乗 は、

          =P(P-1AP)-1

により求められる。

例 行列
      

 の固有値は 2 と 3 で、固有値 2 に属する固有ベクトルの一つは、
                                            
 固有値 3 に属する固有ベクトルの一つは、
                           
 であることを上記で計算した。

  このことから、 Ae’1=2e’1 、 Ae’2=3e’2 なので、

      A(e’1 e’2)=(2e’1 3e’2

 すなわち、
        

 これより、行列 A は、
               
 と対角化される。

  よって、行列 A の n 乗は、

              
 から、
     

 と求められる。

  このことを活用して、連立型の漸化式

    1=1 、y1=1 、xn+1=x+2y 、yn+1=−x+4y

 の解は、 x=(2n−3n-1)+(2・3n-1−2)=3n-1

       y=(2n-1−3n-1)+(2・3n-1−2n-1)=3n-1

 となる。

(コメント) 問題設定が美しすぎました! x1=1、x2=3、x3=9、x4=27、・・・ からも、
      x=3n-1 が直ぐに分かってしまって、上記の行列の n 乗の計算の有り難みが
      伝わらないような...予感!

 Cayley-Hamilton の定理 : 2-(a+d)A+(ad−bc)E=O において、

        ad−bc=det A  (行列 A の行列式)

であるが、  a+d=Tr A  も大切な概念である。

 行列 A のトレースまたは、Spur A(シュプールA)などと呼ばれる。

 高校生に対して特別に教えられることがないことを知ってか知らずか、Tr A の性質に関
する入試問題が散見される。

Tr A の性質

(1) Tr(A+B)=Tr A + Tr B

(証明)
       、 

   に対して、 Tr(A+B)=a+x+d+w=a+d+x+w=Tr A +Tr B  (証終)

(2) Tr(kA)=k・Tr A

(証明)
      

   に対して、 Tr(kA)=ka+kd=k(a+d)=k・Tr A  (証終)

(3) Tr(AB)=Tr(BA)

(証明)
       、 

   に対して、 Tr(AB)=ax+bz+cy+dw

          Tr(BA)=ax+cy+bz+dw

    よって、  Tr(AB)=Tr(BA) が成り立つ。  (証終)

 Tr A の性質としては、上記の(1)(2)(3)が本質的である。

すなわち、逆に、2次の正方行列全体から実数全体への写像 F で、

 (@) F(A+B)=F(A)+F(B)
 (A) F(kA)=k・F(A)
 (B) F(AB)=F(BA)

を満たすものは、 F(A)=α・Tr A (αは定数) と書けることが知られている。

(4) Tr(P-1AP)=Tr A

(証明) Tr(P-1AP)=Tr(APP-1)=Tr A  (証終)


 (4)の性質は、det(P-1AP)=det A と併せて、行列の対角化 B=P-1AP の検
算に用いられ、計算も単純であるので重宝である。

(5) Tr(A2)−(Tr A)2+2det A=0

(証明) A2−(Tr A)A+(det A)E=O より、

     Tr{A2−(Tr A)A+(det A)E}=0

   性質(1)(2)より、 Tr(A2)−(Tr A)(Tr A)+2(det A)=0

   すなわち、 Tr(A2)−(Tr A)2+2(det A)=0  (証終)

 上記の性質の練習問題として、2001年度 千葉大学の入試問題が最適であろう。

例 題 2次の正方行列 A 、B が、A=AB−BA を満たすとき、 A2=O である
    ことを示せ。


(解) Tr(A)=Tr(AB−BA)=Tr(AB)−Tr(BA)=0 で、さらに、

    A2=A・A=A(AB−BA)=A2B−ABA より、

    Tr(A2)=Tr(A2B−ABA)=Tr(A2B)−Tr(ABA)=Tr(A2B)−Tr(A2B)=0

   よって、 Tr(A2)−(Tr A)2+2(det A)=0 より、 det A=0 となる。

   Cayley-Hamilton の定理より、 A2−(Tr A)A+(det A)E=O なので、

     Tr(A)=0 、 det A=0 より、 A2=O であることが分かる。 (終)

(コメント) トレースの性質が存分に味わえる良問ですね!単に、A=AB−BA から、直
      接的に A2 を計算してしまっては路頭に迷ってしまいます...。

 次は、平成21年度 東京理科大学の入試問題である。ここでも上記で確認した Tr A
の性質が効果的に用いられる例である。(問題文は記述形式に改題!)

例 題 2次の正方行列 X、A に対して、 X3=A で、Tr X が整数となるように、
    X を定めよ。ただし、
                 
    とする。


(解) det X3 =(det X)3=det A=14+50=64 より、 det X=4

   Cayley-Hamilton の定理において、 Tr X = t とおくと、

     X2−t・X+(det X)E=O  すなわち、 X2 = t・X−4E

   このとき、  X3 = t・X2−4X より、 A=t・X2−4X=(t2−4)X−4tE

   よって、 Tr A =Tr ((t2−4)X−4tE)=(t2−4)・Tr X −8t=t3−12t から、

      t3−12t = −9  すなわち、 t3−12t +9=0

   この3次方程式は、3個の実数解を持つが、そのうちの整数解は、3 のみである。

    したがって、 t = Tr X = 3 となる。

   このとき、 A=5X−12E より、 X=(1/5)(A+12E) であるので、

        

   となる。  (終)

(コメント) この問題も、Tr X の性質に着目しないと、嫌気がさすような計算の嵐に巻き込
      まれそうな...予感!

 当HPがいつもお世話になっているS(H)さんが類題をいくつか作られたので、解いてみる
ことにしよう。(平成21年2月14日付け)

 S(H)さんの問題設定では行列の成分を複素数までとしているが、ここでは、成分は実数
までとしておこう。

(1) 行列
       

  に対して、X4 =A となる行列 X を求めよ。

(解) det X4 =(det X)4=det A=−2+3=1 より、 det X=1、−1

  (イ) det X=1 のとき、

   Cayley-Hamilton の定理において、 Tr X = t とおくと、

     X2−t・X+(det X)E=O  すなわち、 X2 = t・X−E

   このとき、  X4 = t2・X2−2t・X+E より、

      A=t2・X2−2t・X+E=t2・(t・X−E)−2t・X+E=(t3−2t)X+(1−t2)E

   よって、 Tr A =Tr ((t3−2t)X+(1−t2)E)

            =(t3−2t)t+2(1−t2)=t4−4t2+2 から、

      t4−4t2+2 = −1  すなわち、 t4−4t2+3=0 より、 t=±1、±

     そこで、 t = Tr X = 1 のとき、 A=−X より、 X=−A

          t = Tr X = −1 のとき、 A=X より、 X=A

          t = Tr X =  のとき、 A=X−2E より、

                    

          t = Tr X = − のとき、 A=X+2E より、

                    

  (イ) det X=−1 のとき、

   Cayley-Hamilton の定理において、 Tr X = t とおくと、

     X2−t・X+(det X)E=O  すなわち、 X2 = t・X+E

   このとき、  X4 = t2・X2+2t・X+E より、

      A=t2・X2+2t・X+E=t2・(t・X+E)+2t・X+E=(t3+2t)X+(1+t2)E

   よって、 Tr A =Tr ((t3+2t)X+(1+t2)E)

            =(t3+2t)t+2(1+t2)=t4+4t2+2 から、

      t4+4t2+2 = −1  すなわち、 t4+4t2+3=0

   この4次方程式は実数解を持たないので不適。  (終)

(2) 行列
       

  に対して、X5 =B となる行列 X を求めよ。

(3) 行列
       

  に対して、X7 =A となる行列 X を求めよ。

(コメント) (2)(3)も多分(1)と同様にできると思うので、読者の方の練習問題にしておこ
      う。


(追記) 平成27年1月13日付け

 行列の理論について、当HP読者のH.F.さんよりメールにていろいろアドバイス頂いた。

 H.F.さんによれば、

 n =A 、A≠E のとき、Xの全ての解は、最大で n2個ある

とのことである。(→ 参考:「等方平面の幾何学的構造」)


 行列の n 乗については次の公式が知られている。(すぐ導けるので覚える必要はない!)

 行列
      

において、Cayley-Hamilton の定理より、

       A2-(a+d)A+(ad−bc)E=O

が成り立つ。2次方程式 x2-(a+d)x+(ad−bc)=0 の2つの解を、α 、β とおく。

 このとき、

(1) α=β(重解)のとき

     A=nαn-1A−(n−1)α

(2) α≠β のとき

     A={(β−α)/(β−α)}A−αβ{(βn-1−αn-1)/(β−α)}E

が成り立つ。


 当HP読者のHN「ポテト」さんからの質問です。(平成25年8月22日付け)

 2次の正方行列A、Bに対して、AB=BA=E のとき、BをAの逆行列を呼ぶ、という事に
ついて、「AB=E ならば BA=Eとなる。」とあり、その証明がわかりません。なにか良い
文献等あれば教えてください。

 現在、「大学への数学(通称黒代数)」、「線形代数学(川久保勝夫著)」を読んで考えてい
ますが、成分で計算しようとすると文字が8種出てきており、処理に困っています(ただし、黒
代数では2次正方行列での証明は高校生でも可能と読める記述があり、それからすると成
分を利用すること自体は間違っていないのかもと思っています。どうぞご教授願います。

 ところで、ケーリー・ハミルトンの定理を用いることにより、行列AとかけてEとなる行列は一
意的に決まるので、よって示されたという論証で大丈夫という考えに至りました。

 すなわち、A=(a b c d) とおく。(← 左上、右上、左下、右下 と読んでください)
このとき、ケーリー・ハミルトンの定理より、 A2−(a+d)A+(ad−bc)E=O
よって、ad−bc≠0 のとき、因数分解をして、両辺を ad−bc で割り、証明するという流れ
です。行列についてかなり苦手であり、論証に穴がある気がしてなりません。批評をお願い
します。



 質問の趣旨は、「2次の正方行列Aが逆行列を持つ」ことの定義として、

   (1) 2次の正方行列Bが存在して AB=BA=E が成り立つとき

とするのか、あるいは、

   (2) 2次の正方行列Bが存在して AB=E が成り立つとき

とするのかですね。(2)の場合は、「AB=E ならば BA=E」を示す手順が残されます。


 線形代数学の書籍では大体、逆行列Bなるものを構成してみせてその存在を保証してい
るようです。すなわち、

 2次の正方行列Aに対して、その余因子行列をA~とすると、 A・A~=A~・A=(detA)E

が成り立つので、 detA≠0 のとき、 B=(1/detA)A~ とおくと、 AB=BA=E

 よって、detA≠0 のとき、Aの逆行列は存在して、Aの逆行列は、(1/detA)A~


 AB=E あるいは BA=E のとき、必然的に「detA≠0」なので、Aの逆行列は存在しま
す。よって、逆行列が存在する定義として、(1)でも(2)でもどっちでもOKということになりま
すが、ここは、純粋に「AB=E ならば BA=E」であることを示したいと思います。

(証明) 2次の正方行列Bが存在して AB=E が成り立つとき、Aは逆行列を持つとする。

 このとき、 detB≠0 なので、Bも逆行列を持つ。すなわち、あるCが存在して、BC=E

よって、 BA=BAE=BABC=BEC=BC=E となる。

 したがって、 AB=E ならば BA=E である。  (証終)


 ポテトさんからのコメントです。(平成25年8月23日付け)

 冷静に考えたら、AB=Eが成立する段階で、Aは逆行列を持つことが確定するんですね。
したがって、私の疑問は、

 「AB=Eならば、行列Aは逆行列を持つ。ところで、このときCA=Eを満たす行列CはB以
外に存在するのか?」

ということになるんですね。そう考えると、上記のことがすっと理解できました。ありがとうござ
いました。


(コメント) 一般の代数では、「ab=e ならば ba=e」ということは言えないのですが、正方
      行列の場合は言えるんですね!

 ところで、AB=E のとき、CA=EとなるCが存在すれば、それはB以外にありません。

実際に、 C=CE=CAB=EB=B だからです。

 ここでは、CA=EとなるCが存在すると仮定して示していますが、その存在を保証しながら
示すとなると、上記の(証明)のような方法になります。



  以下、工事中