新学習指導要領で、旧課程の中学3年生で学習していた「円の性質」は、数学A(ほとんど
の高校では、多分1年生で履修)に移行した。昨年は、中学卒業者を対象にした数学の問題
作成に携わったこともあり、中学生が3年間使う教科書を通読してみた。基礎・基本を重視し
ているのは感じとれるが、さらに突っ込んだ話の展開が削除されているので、ちょっと実力を
身に付けるのは厳しいな、というのが率直な感想である。
私自身、中学生時代に教科書だけで数学を学んだとは自信を持っていえないが、少なくと
も、使っていた教科書には、ハッとさせられるような話が散りばめられていて、知的好奇心を
くすぐられたという記憶だけはある。それは主に「円の性質」などの平面幾何の問題である。
そこには、考えることの楽しさを十分に味わえるだけの材料が揃っていた。数学Aは、多くの
高校で準必修扱いで学ばれると思うが、論理的思考を楽しむ時期が1年間後退したという事
実だけは、非常に残念である。
このページでは、ピタゴラスの定理ほどは知られていないが、ピタゴラスの定理以上に大切
と思われるプトレマイオスの定理を紹介する。この事実を私が初めて知ったのは、高校受験
を控えて受験問題集を解いていた頃であるが、証明までは、その当時思い浮かばなかった。
プトレマイオスの定理 ・・・ トレミーの定理ともいわれる。
※ トレミー(Ptolemaios)は、エジプト生まれのギリシャ人で、数学者、天文学者、物理学者、地理学者、和声
研究家として知られている。著書「アルマゲスト」の中で天動説を提唱し、中世ヨーロッパの宇宙観を支配し
ました。トレミーは三角法の加法定理を導くための補題として、この定理を利用しました。
円に内接する四角形において、対角線の積は 対辺の積の和に等しい。 すなわち、 AC・BD=AB・CD+AD・BC が成り立つ。逆も成立する。 |
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(証明) ![]() |
左図のように、∠ADB≧∠BDC としても一般性を失 わない。 AC上に、点 E を、∠ADE=∠BDC となるようにとる。 このとき、∠DAE=∠DBC なので、2角相等により、 △ADE∽△BDC となる。 対応する辺の比は等しいから、 AD:BD=AE:BC すなわち、AD・BC=AE・BD。 |
同様にして、△ABD∽△ECD なので、
AB:EC=BD:CD すなわち、AB・CD=EC・BD。
よって、
AB・CD+AD・BC=EC・BD+AE・BD=(AE+EC)・BD=AC・BD (証終)
(注) AC上に点Eをとって、相似三角形を強引に作っているところがスゴイですね!
(追記) 当HPがいつもお世話になっているHN「DD++」さんからトレミーの定理の別証明を
いただきました。(平成27年6月1日付け)
初等幾何で重要なトレミーの定理。種々の証明を見ても対辺の積を足し合わせることの幾
何学的意味がどうにも納得できず長年もやもやしていたのですが、先ほどそれを納得できる
証明をふと思いつきました。
(ネットで軽く検索した感じではこの証明は見当たりませんでした。とはいえ誰かがとっくに見
つけている証明だろうと思いますが...。)
円に内接する四角形ABCDがある。これから△ADCを切り取って対角線ACの接合を逆に
してくっつけ直した四角形をABCD'とする。四角形ABCDの対角線交点をEとする。
[補題] ∠AEB=∠BCD'
[証明] ∠AEB=∠BDA+∠CAD (△ADEの外角)
=∠BCA+∠ACD'(円周角の定理+△ADCの裏返し)=∠BCD'
[定理] AB・CD + AD・BC = AC・BD
[証明] 補題より、∠AEB=∠BCD'=θとおける。点D'も同一円周上にあるので、四角形ABCD'
の面積を対角線BD'で分けて考えると、
1/2 AB・AD' sin(π-θ) + 1/2 CD'・BC sinθ= 1/2 (AB・CD + AD・BC) sinθ
これは元に四角形ABCDの面積 1/2 AC・BD sinθ に等しいので、
1/2 (AB・CD+AD・BC) sinθ = 1/2 AC・BD sinθ
すなわち、 AB・CD + AD・BC = AC・BD (証終)
何ら新しい結果ではありませんが、対辺(だったもの)の積を足し合わせる意味が明確に
なり、満足。
(コメント) 確かに、対辺の積を考える意味が明確化されましたね!感動しました。
DD++さんからのコメントです。(平成27年6月2日付け)
円に内接する図形に関する定理は様々あります。しかし、そのほとんどは角度を含む定理
であるため、角度の情報がさほど意味を持たないような題材だと無意味に煩雑な計算を強い
られることが多いです。
一方で、トレミーの定理は長さの情報のみ、それも弦の長さの情報のみなので、そういった
題材は快刀乱麻の如く解けていきます。
例えば、以下のような問題はどうでしょう。トレミーの定理を使わなくてもどうにかなるっちゃ
なると思いますが、かなり迂遠な計算になると思います。
(1) 上底b、下底a、脚の長さがcである等脚台形の対角線の長さpを求めてください。
(2) 辺の長さが1である正七角形の対角線の長さは二種類あります。それらを x、y とすると
き、 1/x+1/y を求めてください。
(3) 円周上に異なる定点A、Bおよび動点Cがあるとします。2AC+BCが最大になるような点C
の位置を作図で求めてください。
S(H)さんが考察されました。(平成27年6月2日付け)
以下、トレミーの定理を使わない場合の解答例です。
(1) 等脚台形の高さを h とすると、 p2=((a - b)/2 + b)2 + h2 、 h2 + ((b - a)/2)2 = c2
より、 p2=((a - b)/2 + b)2 + c2 - ((b - a)/2)2 = ab + c2 なので、 p = √(ab + c2)
(コメント) トレミーの定理を使えば、 p2=ab+c2 で瞬殺ですね!
(2) 素直に、P1(2sin(3π/14),0)、P2([2sin(3π/14)]2,2cos(3π/14)・sin(3π/14))、
P3(-2sin(π/14)sin(3π/14),2cos(π/14)sin(3π/14))、
P4(-2cos(π/7)sin(3π/14),2sin(π/7)sin(3π/14))、
P5(-2cos(π/7)sin(3π/14),-2sin(π/7)sin(3π/14))、
P6(-2sin(π/14)sin(3π/14),-2cos(π/14)sin(3π/14))、
P7([2sin(3π/14)]2,-2cos(3π/14)sin(3π/14))
x = √[P3-P1.P3-P1] 、y = √[P4-P1.P4-P1] で、1/x + 1/y = 1/√[P2-P1.P2-P1]
(コメント) トレミーの定理を使えば、1・y+1・x=x・y より、1/x+1/y=1 で瞬殺ですね!
(3) 円周上に異なる定点A、Bおよび動点Cがあるとします。2AC+BCが最大になるような点C
の位置を作図で求めてください。
(コメント) トレミーの定理を使えば、瞬殺ですね!
弧AB上に、AD:DB=1:2 となる点Dをとり、Dを端点とする直径を考えるとき、Cがその
もう一方の端点になるときが最大である。
S(H)さんの手法では厳しいかも?
空舟さんからのコメントです。(平成27年6月6日付け)
反転幾何学という視点に出会ったことがありますので紹介します。
(コメント) 反転という考え方が、幾何ではいかに素晴らしい考え方かが実感できました!
KSさんからトレミーの定理に関する質問です。(平成26年12月1日付け)
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左図において、 ∠ADB=α、∠BAC=β、∠CBD=γ、∠DCA=δ とおくと、 α+β+γ+δ=180°が成り立つ。このとき、 sinαsinγ+sinβsinδ=sin(α+δ)sin(α+β) が成り立つことを示したい。ご協力お願いします。 |
KSさんからのコメントです。(平成26年12月1日付け)
三角関数の積を和にする公式で変換して導けました。ありがとうございます。
(コメント) KSさんが自己解決されたようなのですが、KSさんが提示された等式は、トレミ
ーの定理の別証にもなるので整理しておきたいと思います。このような機会を与え
て頂いたKSさんに感謝します。
(証明) トレミーの定理の等式 AB・CD+AD・BC=AC・BD は、正弦定理より、
AB=2Rsinα、CD=2Rsinγ、AD=2Rsinδ、BC=2Rsinβ
AC=2Rsin(α+β)、BD=2Rsin(α+δ)
なので、 sinαsinγ+sinβsinδ=sin(α+δ)sin(α+β) に同値である。
ここで、積和の公式より、
左辺=−(1/2)(cos(α+γ)−cos(α−γ))−(1/2)(cos(β+δ)−cos(β−δ))
α+β+γ+δ=180°より、 α+γ=180°−(β+δ) なので、
cos(α+γ)=cos(180°−(β+δ))=−cos(β+δ)
よって、 左辺=(1/2)(cos(α−γ)+cos(β−δ))
また、右辺=−(1/2)(cos(2α+β+δ)−cos(δ−β))
=−(1/2)(cos(α+180°−γ)−cos(δ−β))
=(1/2)(cos(α−γ)+cos(β−δ))
よって、左辺=右辺から、 sinαsinγ+sinβsinδ=sin(α+δ)sin(α+β) が成
り立つ。 (証終)
KSさんから等式の背景をご教示頂きました。(平成26年12月1日付け)
トレミーの定理には、いろいろな証明がありますが、複素平面による証明が好きです。そ
れで、単位円に限定した証明を考えました。
単位円周上に四点 z1=1、z2、z3、z4 を配置し、原点の周りの回転角、つまり、
∠z1Oz2=2θ1、∠z2Oz3=2θ2、∠z3Oz4=2θ3、∠z4Oz1=2θ4
∠z1Oz3=2(θ1+θ2)、∠z2Oz4=2(θ2+θ3)
とする。余弦定理および2倍角の公式より、
|z2−z1|=2sinθ1、|z3−z2|=2sinθ2、|z4−z3|=2sinθ3、
|z1−z4|=2sinθ4、|z3−z1|=2sin(θ1+θ2)、|z4−z2|=2sin(θ2+θ3)
したがって、
|z2−z1||z4−z3|+|z3−z2||z1−z4|=4(sinθ1sinθ3+sinθ2sinθ4)
|z3−z1||z4−z2|=4sin(θ1+θ2)sin(θ2+θ3)
より、 θ1+θ2+θ3+θ4=π の条件で、
sinθ1sinθ3+sinθ2sinθ4=sin(θ1+θ2)sin(θ2+θ3)
を示せばよい。
(コメント) なるほど!角の取り方は異なりますが、余弦定理からも証明できるんですね。正
弦定理を始め、種々の証明を
村守 隆男 著 「トレミーの定理について」
を参考にさせて頂きました。村守先生は、私の研究室の斜め向かいの研究室におられた方
で、懐かしいです...!
プトレマイオスの定理の応用例
(1) 四角形ABCDが長方形のとき、
AB・CD+AD・BC=AB2+BC2 かつ AC・BD=AC2 なので、
直角三角形ABC(∠B=∠R)において、AB2+BC2=AC2 が成り立つ。
これは、ピタゴラスの定理である。
(2) AC が直径のとき、
∠BAC=α、∠CAD=β とおくと、
AB=AC・cosα、CD=AC・sinβ、AD=AC・cosβ、BC=AC・sinα
また、正弦定理により、BD=AC・sin(α+β)がいえるので、
プトレマイオスの定理により、
AC・cosα×AC・sinβ+AC・cosβ×AC・sinα=AC×AC・sin(α+β)
よって、 cosα×sinβ+cosβ×sinα=sin(α+β) すなわち、 sin(α+β)=sinα×cosβ+cosα×sinβ これは、三角関数における加法定理である。 同様にして、ABが直径のとき、 |
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∠BAD=α、∠BAC=β (α>β とする。)とおくと、
AD=AB・cosα、BC=AB・sinβ、AC=AB・cosβ、BD=AB・sinα
また、正弦定理により、CD=AB・sin(α−β)がいえるので、
プトレマイオスの定理により、
AB×AB・sin(α−β)+AB・cosα×AB・sinβ=AB・cosβ×AB・sinα
よって、 sin(α−β)+cosα×sinβ=cosβ×sinα すなわち、 sin(α−β)=sinα×cosβ−cosα×sinβ が成り立つ。 |
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このように、一つのプトレマイオスの定理から、幾何学的に重要なピタゴラスの定理、三角
関数の加法定理が導けるということは、非常に驚くべきことである!
(参考文献:エリ・マオール 著 好田順治 訳 素晴らしい三角法の世界(青土社))
(追記) プトレマイオスの定理の上記の証明は、とても強引すぎて、鮮やかだけれども美し
さは感じられない。このページをアップロードして18日ぶりに見直してみて、つくづく
そう思う。
今日は、プトレマイオスの定理の記憶に残る別証明を考えたい。
図形の証明には、図形そのものの性質だけを組み合わせて行う場合以外に、いろいろな
方法がある。
座標を用いる方法、ベクトルを用いる方法、複素数を用いる方法、・・・、e.t.c.
私自身の経験からいえば、図形の証明に複素数を使うことは「とても、おしゃれ」である。
高校2年のときに数学UBという科目で学んだとき、その証明の鮮やかさに美しさを感じた。
複素数についての知識を若干復習しておく。
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直交座標系において、平面上の点Pの位置は、2つの 実数 X 、Y の組(X,Y)によって定まる。 このとき、虚数単位 i を用いて、複素数 Z=X+iY によって、平面上の点の位置を表そうとしたものが、複 素数平面(昔は、複素平面と呼ばれた。)である。 ドイツの数学者 Gauss(1777〜1855)らが、複素数 の幾何学的解釈を初めて行ったので、Gauss平面とも いわれる。 |
上図において、2点間の距離OPは、複素数の絶対値 |Z|で表される。
また、X軸の正の向きから反時計回りに測った角(一般角)θ は、複素数 Z
の偏角 arg Z
で表される。
複素数の絶対値と偏角については、次の性質が成り立つ。
複素数 Z1、Z2 において、
|Z1・Z2|=|Z1|・|Z2| arg Z1・Z2=arg Z1+arg Z2
(注意) 偏角は一般角なので、等式は、2π の整数倍の違いを無視して成り立つ。
複素数平面において驚くべきことは、2つの線分のなす角が、複素数を用いて簡単に記
述されることだろう。しかも、2つの線分は交わっていなくともよい。
![]() |
左図において、2つの線分のなす角(正の向き)θ は、![]() で与えられる。 |
さて、プトレマイオスの定理を証明する準備ができたようだ。
(プトレマイオスの定理の複素数を用いた証明)
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左図のように、対角線の交点を複素数平面の原 点とし、各頂点に複素数を割り付ける。 四角形ABCDは、円に内接する四角形なので、 ∠BAD+∠DCB=180° が成り立つ。 すなわち、 ![]() |
よって、
となる。
いま、 Z=(δ−α)(β−γ)、W=(β−α)(δ−γ) とおく。このとき、
よって、原点 O と、2点 Z、−W の位置関係は、例えば、下記のようになっている。
したがって、 |Z−W|=|Z|+|−W|=|Z|+|W|
ここで、簡単な計算により、
Z−W=(δ−α)(β−γ)−(β−α)(δ−γ)=(α−γ)(δ−β)
なので、
|(α−γ)(δ−β)|=|(δ−α)(β−γ)|+|(β−α)(δ−γ)|
が成り立つ。
この式を、頂点A、B、C、D を用いて書き直せば、プトレマイオスの定理
AC・BD=AB・CD+AD・BC
が得られる。
(注) 初等幾何における突飛なアイデアは必要なく、ただひたすら計算で求まるところが、
自然でよい。
(追記) 最近、「Nesbitt の不等式」 の応用題で、トレミーの不等式なるものを用いた。
トレミーの不等式 四角形ABCDにおいて、 AB・CD+AD・BC≧AC・BD が成り立つ。 等号成立は、四角形ABCDが円に内接する 場合に限る。 |
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(証明) 下図のように、△ABD∽△ECDとなるように点Eをとる。
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このとき、 AB:BD=EC:CD なので、 AB・CD=EC・BD 同様に、△EDA∽△CDB より、 AD:AE=BD:BC なので、 |
AD・BC=AE・BD となる。
これら2式を辺々加えて、 AB・CD+AD・BC=(AE+EC)・BD
ここで、 AE+EC≧AC なので、 AB・CD+AD・BC≧AC・BD
また、等号成立は、AE+EC=AC すなわち、EがAC上にある場合に限る。
このとき、円周角 ∠ABD=∠ACD なので、四角形ABCDは円に内接する四角形で
ある。(証終)
上記の証明では技巧的な証明を与えたが、もちろん複素数平面で証明した方が簡潔だ
ろう。
(別証)
(α−β)(γ−δ)+(α−δ)(β−γ)−(α−γ)(β−δ)
=αγ−αδ−βγ+βδ+αβ−αγ−βδ+γδ−αβ+αδ+βγ−γδ=0
よって、 (α−β)(γ−δ)+(α−δ)(β−γ)=(α−γ)(β−δ)
三角不等式により、 |(α−γ)(β−δ)|≦|(α−β)(γ−δ)|+|(α−δ)(β−γ)|
これより、 AC・BD≦AB・CD+AD・BC が成り立つ。 (証終)
(追記) 令和4年10月5日付け
プトレマイオスの定理(トレミーの定理)の特別な場合として、4辺のうち1辺が円の直径に
なる場合、面白い公式が得られる。
(公式) 円Oに内接する四角形ABCDにおいて、 線分ABは直径で、その長さは d とする。 BC=m、BD=n のとき、線分CDの長さLは、 ![]() で与えられる。 |
![]() |
(証明) 下図において、
プトレマイオスの定理より、 AC・BD=AB・CD+AD・BC なので、
n・AC=d・L+m・AD すなわち、 d・L=n・AC−m・AD
ここで、 AC2=d2−m2 、AD2=d2−n2 なので、
が成り立つ。 (証終)
以下、工事中!