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002 平成16年度 慶應義塾大学 理工学部 ・・・ 微分積分(数学V) 標準

 昨年度は、東京大学理科系の「円周率の評価」が受験数学界を賑わした。新聞にも取り
上げられ、普段数学と接点のない方でも、ご存知の方が多かった。

 円周率は、数学の公式に数多く現れる。次は、かの大数学者オイラーが愛でし等式であ
る。
        

 昨年度、円周率が話題になったので、この等式を用いた円周率の評価を問う問題が、今
年度作問されるだろうということは十分予想されたが、慶応義塾大学理工学部で、その予
想が的中した。

慶應義塾大学 理工学部(2004)

 正の整数 n に対して、
                 
とおく。

(1) 1 ≦ k < n を満たす整数 k 、n に対して、次の不等式が成り立つことを証明しなさ
   い。        
         

(2) すべての正の整数 n に対して、 S(n)<1.7 が成り立つことを証明しなさい。
           (「証明せよ。」ではなく、「証明しなさい。」というところが、いかにも新課程風ですね!)

証明自体は、標準的な微分積分の問題である。

(問題の解答)

(1) m−1≦x≦m のとき、
                   
   m≦x≦m+1 のとき、
                   
  なので、
           

  が成り立つ。よって、
               
   したがって、
             
  が成り立つ。

(2) S(1)=1<1.7  、 S(2)=1+1/4=1.25<1.7

    S(3)=1+1/4+1/9=49/36=1.361・・・<1.362<1.7

   
n>3 となる任意の n に対して、(1)より、

         S(n)<S(3)+1/3−1/n<1.696<1.7

   したがって、すべての正の整数 n に対して、 S(n)<1.7 が成り立つ。(終)


 ところで、S(n)<1.7 という評価は、円周率の評価に換算すると、どれ位のものにな
るのだろうか?

     π2<6×1.7=10.2 なので、

     手計算による開平を行うと、

        π < 3.19

     であることが分かる。


 ところで、π<3.142 を示すには、S(n)の上限の値はいかほどに設定すればよいの
だろうか?

  π2/6 <9.872164/6=1.65361 であるので、

 S(n)<1.653 と評価すれば、円周率 π の評価として、π<3.142 となる。

上記の(2)の計算を続ければ、

    S(4)=1+1/4+1/9+1/16=205/144=1.423611・・・<1.424

   n>4 となる任意の n に対して、  S(n)<S(4)+1/4−1/n<1.674

    S(5)=1+1/4+1/9+1/16+1/25=5269/3600=1.463611・・・<1.464

   n>5 となる任意の n に対して、  S(n)<S(5)+1/5−1/n<1.664

    S(6)=1+1/4+1/9+1/16+1/25+1/36=5369/3600

                              =1.491389・・・<1.492

   n>6 となる任意の n に対して、  S(n)<S(6)+1/6−1/n<1.659

    S(7)=1+1/4+1/9+1/16+1/25+1/36+1/49=266681/176400

                                  =1.511797・・・<1.512

   n>7 となる任意の n に対して、  S(n)<S(7)+1/7−1/n<1.655

    S(8)=1+1/4+1/9+1/16+1/25+1/36+1/49+1/64

       =1077749/705600=1.527422・・・<1.528

   n>8 となる任意の n に対して、  S(n)<S(8)+1/8−1/n<1.653

 以上の計算から、円周率の評価を厳しくすれば、ある程度大きい n の値までの処理が
必要である。

 若干円周率の評価は甘いものの、時間制限のある大学入試問題としては非常に良心
的な問題と言えよう。

(追記) 平成22年4月3日付け

 4月2日付けで当HPの読者の方(Kさん)より、上記の(1)については積分を用いなくても
証明できる旨、メールでご教示頂いた。

 2以上の自然数 k に対して、不等式

      および   

が成り立つことは明らかだろう。

 実際に、前者は
             

後者も同様である。したがって、2以上の自然数 k に対して、不等式

      

が成り立つ。

 このとき、自然数 n 、k (k<n)に対して、

    

であることに注意して、不等式を辺々加えることにより

    

を得る。

(コメント) Kさん、別解ありがとうございます。スッキリしていて鮮やかな別解ですね!
      Kさんからの情報によれば、平成22年度入試 東京大学 前期(理科)の数学
      第2問でも後半でこのことが利用されているとのことである。

 参考までに、東京大学の問題を考えてみよう。

(1) すべての自然数 k に対して、次の不等式を示せ。

     

(2) m>n であるようなすべての自然数 m と n に対して、次の不等式を示せ。

     

 受験問題集にあるような問題なので、慣れている方には易しい問題かもしれない。直観的
に(1)は被積分関数の評価で解決できるという予想が立つが、(2)の方は何となく出来ちゃ
ったという方が多かったかも...!

(解)(1) 0≦x≦1 より、 k≦k+x≦k+1 なので、

         

    さらに、
         

   なので、
         

   が成り立つ。

(2)
    

なので、
      

ここで、
      

なので、(↑この不等式が、Kさんのご指摘のもの!)

      

すなわち、
       

が成り立つ。

 k=n、n+1、n+2、・・・、m−1 について、辺々加えれば、

       

が成り立つことが分かる。 (終)

(コメント) 解いてはみたものの、この問題の出典が掴めない。何か数学的な背景が多分
      あると思うのだが...。


 FNさんからのコメントです。(平成24年1月21日付け)

 上記では、正の整数 n に対して、

      

とおくとき、S(n)<1.7 の証明を誘導付きで求めている。S(n) の n → ∞ のときの極限
は、π2/6 =1.644934067・・・ である。従って、上の式はまあまあではあるが、それ
ほどいい式でもない。2008年の長岡技術科学大学の問題ではもっと簡単な誘導でもっと
良い式が得られている。

 上記で使っているのは、

      

という不等式であるが、「S(n)<1.7」の証明で実際に用いるのは、右辺の方である。

 逆数をとって考えると、 k2>k(k−1) であるが、その差は、k だから、k が大きいとき、
2 に比べて小さいとはいえかなり大きい。

 長岡技術科学大学の問題で使っているのは、逆数で書けば、 k2> k2−1/4 である。

 その差は、1/4だから、上記のkと比べたら、特に、kが大きいときを考えると、かなりの
違いがある。だから良い結果が得られるのは当然である。

  1/ k2<1/( k2−1/4)=1/(k−1/2)−1/(k+1−1/2)

を、k=2以降に適用して、S(n)<5/3=1.6666・・・ が得られる。

 長岡技術科学大学の問題で証明しているのはこれだが、k=1、2はそのままで、k=3
以降に適用すると、S(n)<1.65 が得られる。

 π2/6 =1.644934067・・・ と比べて、かなりよい不等式である。

 冒頭の不等式では、第3項までは本来の数列を使って、第4項以下に不等式を適用して、
S(n)<1.7 が得られる。また、第8項まで本来の数列を使って、第9項以下に不等式を
適用すれば、S(n)<1.653 が得られる。

 長岡技科大の方では、第3項以下に適用で、S(n)<1.65 だからかなり差がある。

 問題としては、慶應義塾大学の方が難しいし面白いと思うが、S(n)の評価を与えるとい
う意味では長岡技科大の問題のほうがいい。

 上からの評価として、S(n)<1.65 はかなりいい。下からの評価として、S(n)>1.6
ぐらいが得られないだろうか。

 無限級数の和だから、有限項で切れば、下からの評価は得られる。このやり方だと、少
なくとも第22項までとらないといけない。しかも、かなりきちんと計算しないといけないので
手計算では無理だろう。

 あまり上手い方法はないかと思いますが、手計算可能な方法で、

  n を適当にとれば、S(n)>1.6 とできる

ことを証明できないでしょうか?また、2乗を3乗にして、

 T(n)=1+1/23+1/33+・・・+1/n3 としたとき、 T(n)<5/4 である

ことを証明してください。


 らすかるさんからのコメントです。(平成24年1月21日付け)

  n を適当にとれば、S(n)>1.6 とできる

について、n≧4 のとき、

   >1+1/22+1/32+∫4(1/x2)dx

                      =1+1/22+1/32+1/4=1.6111・・・

でどうでしょうか。


 FNさんからのコメントです。(平成24年1月21日付け)

 なるほど!これで、できてますね。十分手計算可能です。私は、もとの問題と同様に、

  1/ k2>1/k(k+1)

を使うことを考えたのですが、これだと、第7項ぐらいまでそのままやって、それ以降に不等
式を適用のように思っていたのですが、何か勘違いをしていたようで、今やってみたら第3
項までそのままで第4項以降に適用で、できました。

 1/x2 の積分でやるのと、1/ k2>1/k(k+1) でやるのとは同じのようです。


 空舟さんからのコメントです。(平成24年1月21日付け)

 T(n)=1+1/23+1/33+・・・+1/n3 としたとき、 T(n)<5/4 である

について、 1/n3<1/n(n−1)(n+1)=(1/2){1/(n−1)−2/n+1/(n+1)}

という評価を考えるのは自然な発想です。このとき、

 T(n)<1+(1/2){1/2−1/n+1/(n+1)}=5/4−1/{2n(n+1)}<5/4

 不等式を、1/33 以降に適用すると、

 T(n)<1+1/8+(1/2){1/6−1/n+1/(n+1)}=29/24−1/{2n(n+1)}

 よって、 T(n)<29/24=1.20833・・・ を得る。

 [Wikipedia によると、T(n)=1.20205・・・]

 下からの精度ある評価は、より難しいようです。

 1/n3+1/(n+1)3

=(2n3+3n2+3n+1)/n3(n+1)3

>(2n3+3n2+n)/n3(n+1)3

=(2n+1)/n2(n+1)2=1/n2−1/(n+1)2

と評価すると、そこそこの精度がありました。1/23 以降の項に適用した場合、

 T(n)=1+1/23+1/33+・・・+1/n3

    =1+(1/23)/2+(1/23+1/33)/2+(1/33+1/43)/2+
                          ・・・+(1/(n−1)3+1/n3)/2+(1/n3)/2

    >1+1/16+(1/4−1/n2)/2+(1/n3)/2

    =19/16−(n−1)/2n3=1.1875−(n−1)/2n3

 1/33 までそのまま計算して、1/43 から同様に適用すると、

  limn→∞ T(n)>1+1/8+1/27+(1/64)/2+(1/16)/2>1.2 が言えます。

 一般に、y=1/x のグラフが区間 [n,n+1] で下に凸である時、

   [台形の面積]

 {1/n+1/(n+1)}/2>∫n+1 1/x dx={1/np-1−1/(n+1)p-1}/(p−1)

を使って、級数 Σ1/n を下から評価できそうです。


 FNさんからのコメントです。(平成24年1月21日付け)

 大阪大学の入試問題にあった問題です。もちろん誘導付きで。今ネットでざっと調べてみ
たら見つかりませんでした。

 1/n3<1/n(n−1)(n+1)=(1/2){1/n(n−1)−1/n(n+1)} を使った誘導でした。

実質的に空舟さんの式と同じですが...。

 第3項以降に適用で得られた式T(n)<1.20833・・・は、かなり真値に近いですね。

 また、 1/n3+1/(n+1)3>1/n2−1/(n+1)2 は面白い式ですね。上の証明から見
れば、この2式はかなり近そうです。調べてみたら、n=10ぐらいで、相対誤差は1%ほど
で、使えそうな式です。第4項以下に適用で、「>1.2」が言えるというのはすごいですね。


 FNさんからのコメントです。(平成24年1月25日付け)

 東京大学の問題

(2) m>n であるようなすべての自然数 m と n に対して、次の不等式を示せ。

     

について、

解いてはみたものの、この問題の出典が掴めない。何か数学的な背景が多分あると思うのだが...。

と書いてあります。

 この式は、オイラー定数γの存在証明とその粗い評価を与えます。

  a(n)=1+1/2+・・・+1/n−log n とする。n → ∞ のときの a(n) の極限がオイラー

定数 γ である。

 m>n のとき、

 a(m)−a(n)=1/(n+1)+1/(n+2)+・・・+1/m−log m+log n

        =Σk=n+1〜m 1/k−log(m/n)

 これは、(2)の不等式の真ん中の項の符号を変えたものである。従って、

   (m-n)/{2(m+1)(n+1)}<a(n)-a(m)<(m-n)/(2mn)

 今、m>n だから、この不等式の第1項は正で、 a(n)>a(m)

 即ち、数列{a(m)}は単調減少である。また、右の不等式で、n=1とおいて移項すると、

  a(1)−(m-1)/(2m)<a(m)

 a(1)=1 だから、 a(m)>1−(m−1)/(2m)=1/2+1/(2m)>1/2

 即ち、数列{a(m)}は下に有界である。

 下に有界な単調減少数列は収束するから、数列{a(n)}は収束する。

 これで、オイラー定数γの存在は言えた。また、a(m)>1/2 から、 γ≧1/2=0.5

 左の不等式で、n=1 とおいて、移項して、

  a(m)<a(1)−(m−1)/{4(m+1)}=1−(m−1)/{4(m+1)}=3/4+1/{2(m+1)}

 これより、 γ≦3/4=0.75 なので、 0.5≦γ≦0.75

  なお、真の値は、γ=0.57721566・・・ であるらしい。