たすき掛け
「たすき掛け」は、「平方完成」などとならんで高校初年級でマスターしなければならない最
重要項目の一つであろう。ここで躓く者も多く、高校数学の一つの試金石と呼ぶに相応しい。
(注) 昔の家では着物を着ている人が多く、掃除などをするときに着物の袖が邪魔になるの
で、たすきを背中で斜め十文字に交差させ両肩に廻して結んでいた。後ろから見ると、
たすきが×になって見える。その方法を、たすき掛けと言う。(↓左下図参照)
合併した企業のトップ人事で交互にトップを交代する「たすき掛け」人事とか、世間でもよく
使われる。
「たすき掛け」も「平方完成」も2次方程式の解法に絡んでくる。「平方完成」という言葉は中
学では教わらないと思うが、その萌芽は教科書にも見られ、解の公式の理解に繋がっていく。
解の公式が使えれば「平方完成」から解放されると思いきや今度は2次関数の方でも呼び
出しがかかる。「平方完成」が中学から高校にかけてしばしば目にする機会が多いのに対し
て、「たすき掛け」自体は高校になってからの学びとなり、これがなかなか高校生に「たすき
掛け」が定着しない原因の一つと思われる。
「たすき掛け」は、2次式の因数分解の方策なわけであるが、中学の2次式の因数分解は
x2+ax+b
のタイプに限定され、和がa、積がbとなる2数α、βを発見することにより、
x2+ax+b=(x+α)(x+β)
と因数分解される。これに対して、「たすき掛け」は、一般の2次式
ax2+bx+c
に有効な方法で、次のように考えるものである。
ax2+bx+c=(○x+△)(▽x+□)
と因数分解されるとき、○、△、▽、□は次の式を満たす。
a=○・▽ 、b=○・□+▽・△ 、c=▽・□
この関係を満たす4数 ○、△、▽、□ を見つけるのに、次のような模式図で計算する方法
が、所謂、「たすき掛け」である。
例 6x2+x-2 を因数分解せよ。
(解) a=6、b=1、c=-2 で、まず、a=6 となる2数○、▽の可能性は、1と6、2と3
次に、c=-2 となる2数△、□の可能性は、「-」は保留しておいて、1と2
ここで、b=1 に注意して、「-」をどのように考慮しても○、▽が1と6では、b=1 は作
れないことに気がつく。
よって、○、▽は、2と3 で、△、□は、「-」は保留しておいて、1と2
あとは試行錯誤をして、次のようなたすき掛けで因数分解ができる。
すなわち、 6x2+x-2=(2x-1)(3x+2) (終)
# aの「2」と「3」は固定しておいて、後はcが「1」と「2」なのか「2」と「1」なのかを「-」を絡
めながら考えると、たすき掛けのパターンは直ぐ見つけられるだろうし、経験を積めば、そ
れほど試行錯誤しなくてもいいようになるでしょう。
このように、中学までの和と差から2数を見つけるのに対して、「たすき掛け」の方法は試
行錯誤が入り若干込み入っていて、慣れないと難しく感じるかも知れない。中学校で学んだ
ことが活かせないというあたりが、「たすき掛け」が高校生に定着しない理由なのだと思われ
る。
中学では、x2+ax+b の因数分解に限定され、高校で初めて一般の場合 ax2+bx+c
の因数分解が指導されるわけであるが、中学と高校に分断されているところが問題なのだ
ろう。中学でいっそのこと一般の場合の因数分解を「たすき掛け」で指導した方が定着度は
上がるのではないだろうか。
多分、中高一貫校ではそのような指導になっていることと推察される。
例 x2+5x+6 を因数分解せよ。
中学方式だと、和が5で積が6の2数は、2と3 なので、 x2+5x+6=(x+2)(x+3)
であるが、たすき掛けを使っても次のようにできる。
(解) a=1、b=5、c=6 で、まず、a=1 となる2数○、▽は、1と1
次に、c=6 となる2数△、□の可能性は、「-」は保留しておいて、1と6 または 2と3
ここで、b=5 に注意して、△、□が1と6 または -1と-6 では、b=5 は作れない
ことに気がつく。
よって、○、▽は、1と1 で、△、□は、b=5>0 から、2と3 と確定される。
以上から、次のようなたすき掛けで因数分解ができる。
すなわち、 x2+5x+6=(x+2)(x+3) (終)
中学でも、このように因数分解を指導してくれれば、高校での因数分解の指導は軽減され
ることだろう。
ただ世の中には、どうしても「たすき掛け」は無理!という方もおられる。そのような方のた
めに、次のような「たすき掛け」回避策を伝授することにしている。
まず、x2+5x+6=0 の解が、x=-2、-3 であることから、x+2=0、x+3=0 より
(x+2)(x+3)=0 すなわち、 x2+5x+6=(x+2)(x+3)
と因数分解されることを見せてから、いよいよ本題に入る。
6x2+x-2=0 の解を、解の公式を用いて、x=1/2、-2/3 であることから、
2x-1=0、3x+2=0 より、 (2x-1)(3x+2)=0
よって、 6x2+x-2=(2x-1)(3x+2) と因数分解される。
たすき掛けの計算を多少軽減する方法として、西元教善先生の裏技が参考になると思う。
(→ 参考:「指導者のためのたすき掛け」)
また、算数おはじきセットのように、タイルを用いた「たすき掛け」の方法も知られている。
面積を用いる考え方で因数分解を捉えようとする方法である。
次の3種のタイルを用意する。面積は、それぞれ x2、x、1 である。
このタイルを用いて、次の因数分解の問題を解いてみよう。
(1) x2+6x+8
(2) 2x2+7x+6
(解)(1) 面積 x2、x、1 のタイルをそれぞれ 1個、6個、8個用いて長方形を作ると、
よって、 x2+6x+8=(x+4)(x+2) と因数分解される。
(2) 面積 x2、x、1 のタイルをそれぞれ 2個、7個、6個用いて長方形を作ると、
よって、 2x2+7x+6=(2x+3)(x+2) と因数分解される。
(コメント) このタイルによる「たすき掛け」の方法も、基本的には、面積1のタイルをどのよ
うな長方形にすればよいかを考えるところがポイントで、従来の「たすき掛け」の方法
と何ら変わるところはない。上記の問題 2x2+7x+6 だと、「7」を「3」と「4」に分け
ればいいと気がつくことが重要で、これが出来る人は多分筆算でもたすき掛けができ
るだろうと思う。
上記では、係数が全て正の場合であったが、係数が負の場合も多少困難さを伴うが、タイ
ルを用いた「たすき掛け」は可能である。
例えば、6x2-7x-3 を因数分解してみよう。負の係数については、次のような負の面積
-x、-1を持つタイルを別途用意する。
このとき、面積 x2、-x、-1 のタイルをそれぞれ 6個、7個、3個用いて長方形を作ろう
とすると作れないので、面積 -x のタイルを2個増やし、面積 x のタイルを2個追加するこ
とにより長方形を作ることができる。
よって、 6x2-7x-3=(2x-3)(3x+1) と因数分解される。
(補足) まず、面積-1のタイルが3個なので、長方形を作るには横一列に並べるしかない。
さらに、面積 -x のタイルが7個なので、3×3=9 から、面積 -x のタイルが9個必
要であることに気がつくので、面積 x2 のタイル6個は上図のように配置される。後は
面積 x のタイルを2個追加して長方形が完成する。
この場合、正の面積を持つタイルと同じ形状の負の面積を持つタイルが互いに接して併存
することはないことに注意する。
たすき掛けに代わる新しい因数分解の方法として、「取って掛け」という方法が知られてい
る。
(例) 6x2-7x-3 を因数分解する場合、x2 の係数6を取って、定数校-3に掛けた2次式
x2-7x-18
を考える。この因数分解は中学レベルの問題で、足して「-7」、掛けて「-18」から、
x2-7x-18=(x-9)(x+2)
と因数分解される。このことから、元の2次式 6x2-7x-3 のx2 の係数6を「9」と「2」を割
り切るような2つの数 「3」と「2」に分解し、1次式の定数項を割り、割り算に使わなかった方
を1次式の x の係数とする。
すなわち、 6x2-7x-3=(2x-9/3)(3x+2/2)=(2x-3)(3x+1)
(コメント) 初めて見る解法で度肝を抜かれた気分!こんな解法があるんだと感動しました。
この原理を考えてみました。
ax2+bx+c=(sx+t)(ux+v) と因数分解されたものとすると、 a=su である。
両辺をa倍し、 (ax)2+b(ax)+ac=a(sx+t)(ux+v)
ここで、 ax=X とおくと、 X2+bX+ac=a(sX/a+t)(uX/a+v)
=a(X/u+t)(X/s+v)
=(X+ut)(X+sv)
と書ける。このことから、
ax2+bx+c=(X+ut)(X+sv)/a
=(ax+ut)(ax+sv)/a=(sux+ut)(sux+sv)/su
=(sx+(ut)/u)(ux+(sv)/s)=(sx+t)(ux+v)
と因数分解される。
読者のために練習問題を残しておこう。
問題 6x2-17x+12 を因数分解せよ。
(解) x2-17x+72=(x-9)(x-8) より、 6x2-17x+12=(2x-3)(3x-4)
問題 3x2+10x-8 を因数分解せよ。
(解) x2+10x-24=(x+12)(x-2) より、 3x2+10x-8=(x+4)(3x-2)
(コメント) この「取って掛け」という方法は、「たすき掛け」を苦手とする方の救世主となりえ
るだろうか...。
(追記) 令和2年12月13日付け
上記の「取って掛け」という方法は、因数分解のオーストラリア法と言われるらしい。
ax2+bx+c=(sx+t)(ux+v) と因数分解されたものとすると、
a=su 、b=sv+tu 、c=tv なので、 ac=(su)×(tv)
これを、 ac=(sv)×(tu) の形に組み分けを変える点が肝要である。「取って掛け」と
いう方法では、最後の「1次式の定数項を割り、割り算に使わなかった方を1次式の x の係
数とする」という処理が分かりづらいかもしれない。例を用いて、次のように計算するのがス
マートに思える。
例 6x2-17x+12 を因数分解せよ。
まず、ac=6×12=72 で、b=-17 から、 ac=(-8)×(-9) と分解できる。
このとき、
6x2-17x+12=(6x-8)(6x-9)/6=(6x-8)/2・(6x-9)/3=(3x-4)(2x-3)
問題 4x2-5x-21 を因数分解せよ。
(解) ac=4×(-21)=-84 で、b=-5 から、 ac=(-12)×7 と分解できる。
このとき、 4x2-5x-21=(4x-12)(4x+7)/4=(x-3)(4x+7) (終)
(追記) 令和3年1月28日付け
上記の「取って掛け」という方法を用いれば、ax2+bx+c のタイプの因数分解は、
x2+ax+b のタイプの因数分解に還元される。
ここで、和が a 、積が b となる2数が簡単に見つかればいいのだが、簡単に見つからな
い、そんな意地悪な問題がこの世には存在する。
例 x2+64x-1092 を因数分解せよ。
1092=2×2×3×7×13 で、いろいろ組合せを考えて、和が64となる2数 -14と78
を見いだすことはそれほど易しいことではないだろう。
このような因数分解の問題に対して、次のような方法があることを最近知ることができた。
(因数分解の手順)
まず、x の係数64の半分を求める。: 64/2=32
次に、この2乗を求める。: 322=1024
次に、この1024から定数項-1092を引く。:1024-(-1092)=2116
この2116の平方根を求める。:√2116=46
このとき、 32±46を求める。: 32±46=78、-14
この2数を用いて、次のように因数分解できる。: x2+64x-1092=(x+78)(x-14)
(コメント) 基本的には、xの係数が偶数のときの、解の公式利用の因数分解ですね!
(追記) 令和6年11月1日付け
最近また、「取って掛け」という方法に触れる機会があった。「たすき掛け」に代わる方法と
して、世間の注目を集めているようだ。
求め方の原理は簡単である。
acx2+(ad+bc)x+bd=(ax+b)(cx+d) と因数分解されるが、
acx2+(ad+bc)x+bd を x2+(ad+bc)x+bd・ac と書き換えてあげると、
x2+(ad+bc)x+bd・ac=(x+ad)(x+bc)
と因数分解されることは明らかだろう。
そこで、 (x+ad/ac)(x+bc/ac)=(x+d/c)(x+b/a) から、
(cx+d)(ax+b) と書き直してあげると、因数分解は終了である。
例 4x2-5x-21 を因数分解せよ。
(解) x2-5x-21・4=(x-12)(x+7) において、
(x-12/4)(x+7/4)=(x-3)(x+7/4) から、因数分解は、
(x-3)(4x+7) と完成する。 (終)
手順通りにやれば機械的に出来るかな?
例 6x2+x-2 を因数分解せよ。
(解) x2+x-2・6=(x+4)(x-3) → (x+4/6)(x-3/6)=(x+2/3)(x-1/2)
したがって、 6x2+x-2=(3x+2)(2x-1) と因数分解される。 (終)
以下工事中