こてんこてん蔵庫5(その10)            戻る

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第46回・総合問題(1)

 次の文章中の下線部分1〜30を、文脈に即して現代語訳しなさい。

【初級】
 むかし、1男ありけり。その男、身を要なきものに思ひなして、2京にはあらじ、東の方に3
むべき国求めに
とて行きけり。もとより友とする人、4一人二人して行きけり5道知れる人も
なくて
、惑ひ行きけり。三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋と6言ひけるは、水ゆく河
の蜘蛛手なれば、橋を八つ7渡せるによりてなむ、八橋と言ひける。その沢のほとりの8木の
陰に下り居て
乾飯食ひけり。その沢にかきつばた9いとおもしろく咲きたり。それを見てある
人の曰く、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心を詠め。」と言ひければ、詠
める。
  から衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
10詠めりければ、みな人、乾飯の上に涙落としてほとびにけり。


【中級】
 11宿河原といふ所にてぼろぼろ多く集まりて、九品の念仏を申しけるに、外より入り来たる
ぼろぼろの、「もし、この御中に、12いろをし房と申すぼろやおはします。」と尋ねければ、そ
の中より「13いろをし、ここに候ふ。かくのたまふは誰そ。」と答へければ、「しら梵字と申す者
なり。14己が師、某と申しし人、東国にていろをしと申すぼろに殺されけりと15承りしかば、そ
の人に逢ひ奉りて16恨み申さばやと思ひて、尋ね申すなり。」と言ふ。いろをし、「ゆゆしくも
尋ねおはしたり。17さる事侍りき。ここにて対面し奉らば、道場を汚し侍るべし。前の河原へ
参りあはん。18あなかしこ、わきざしたち、19いづ方をも貢ぎ給ふな20あまたの煩ひになら
、仏事の妨げに侍るべし。」と言ひ定めて、二人、河原に出であひて、心行くばかりに貫き
あひて、共に死ににけり。


【上級】
 21ひねもすにいりもみつる風の騒ぎに22さこそ言へ、いたう困じ給ひにければ、23心にも
あらず
、うちまどろみ給ふ。かたじけなき御座所なれば、ただ寄り居給へるに、故院、24ただ
おはしまししさまながら
立ち給ひて、「25など、かくあやしき所にはものするぞ。」とて、御手を
取りて引き立て給ふ。「住吉の神の導き給ふままに、はやこの浦を去りね。」とのたまはす。
いと嬉しくて、「26賢き御影に別れ奉りにしこなた、さまざま悲しきことのみ多く侍れば、今は
この渚に27身をや捨て侍りなまし。」と聞こえ給へば、「いとあるまじき事。これはただいささ
かなる物の報いなり。我は位にありし時過つ事なかりしかど、おのづから犯しありければ、
その罪を終ふるほど暇なくて、この世を顧みざりつれど、28いみじき憂へに沈むを見るに
堪へ難くて海に入り、渚にのぼり、いたく困じにたれど、かかるついでに29内裏に奏すべき
事あるによりなむ
急ぎ上りぬる。」とて、立ち去り給ひぬ。飽かず悲しくて、30御供に参りな
むと泣き入り給ひて
見上げ給へれば、人もなく、月の顔のみきらきらとして、夢の心地もせ
ず、御けはひとまれる心地して、空の雲あはれにたなびけり。


【解答・解説】

問01・男がいた。
    「あり」の主語が生物の場合は「いる」と訳す。「けり」は過去の意味を表す助動詞。
問02・京の都には住むまい。
    「あら」を「いる」でも良いのだが、直後に「住むべき国求めに」とあるので、この男
   は「京都に住むつもりはない」という意志表示をしていることがわかる。従って「あら」
   は「住む」と意訳する。「じ」は打消意志の助動詞である。

問03・(自分が)住もうとする国をさがしに
    「べき」は問02と同じくこの男の意志を表す助動詞。「求め」はここでは名詞。動詞
   の連用形から転じたものである。「に」は動作の目的を表す格助詞。

問04・一人二人と一緒に行った
    「して」は動作の共同者を表す格助詞。「けり」は問01と同じく過去の意味を表す助
   動詞。

問05・道を知っている人もいなくて
    「知れ」は四段活用動詞の已然形なので、「る」は存続の意味を表す助動詞「り」の
   連体形である。

問06・言った(理由)は
    「ける」が準体用法になっている。すなわち「ける」の直後に体言「よし」が省かれて
   いる。したがって「よし」を補訳する必要がある。これは八橋という名称がついた事情
   を説明している文である。

問07・架けていることによって
    「渡せ」は問05の「知れ」と同じ。従って「る」も問05と同じ助動詞である。橋を渡す
   ということは川に橋を架けるということ。「る」が準体用法で体言「こと」が省かれてい
   る。問06と同様にこの体言を補訳する必要がある。

問08・木の陰に下りて座って
    「の」は連体修飾格、「に」は場所を表し、いずれも格助詞。「居」は「座る」という意
   味の動詞。

問09・趣深く咲いている
    「おもしろく」は現代語とは異なり、「趣深く」と訳す。「たり」には完了の用法もある
   が、ここでは「男」の一行がこの場所に到着する以前から「咲く」という現象が続いて
   いるから、存続の意味を表すことがわかる。

問10・詠んでしまったので
    その場で和歌を詠んだのだから「り」は完了、「けり」は過去の意味を表す助動詞
   とわかる。ただ、ここでは完了の助動詞の訳を入れないで、「詠んだので」と訳すの
   が自然である。

問11・宿河原という場所で
    「にて」は場所を表す格助詞で現代語と同じ用法。
問12・「いろおし房」と申し上げる(お名前の)ぼろはいらっしゃいますか?
    「いろおし」は固有名詞。「や」は疑問を表す係助詞。「申す」は「言ふ」の謙譲語、
   「おはします」は「あり」の尊敬語である。

問13・「いろおし」はここに居ります。
    「に」は場所を表す格助詞。「候ふ」は「あり」の丁寧語。現代語の「文具売場は6階
   にございます。」の「ございます」に相当する。

問14・私の師匠で誰それと申し上げた人が
    「が」は「の」と訳すことができるので、連体修飾格を表す格助詞。「申し」の直後の
   「し」は過去の意味を表す助動詞「き」の連体形。

問15・お聞きしたので
    「承り」は「聞く」の謙譲語。「しか」は過去の意味を表す助動詞「き」の已然形。「ば」
   は順接の確定条件を表す接続助詞。ここでは理由を表す訳し方が妥当。

問16・恨み申し上げたい
    「申さ」は謙譲の意味を添える補助動詞。「ばや」は希望の意味を表す終助詞。
問17・そのようなことがございました。
    「さる」は連体詞。「そのような」と訳す。「侍り」は「あり」の丁寧語。問13の「候ふ」
   と同じ訳し方になる。「き」は過去の意味を表す助動詞。

問18・ああ、恐れ多いことだ。
    「あな」は感動詞。「かしこ」は形容詞「畏し」の語幹。元をただせば2語だが、実質
   的には連語になっていて、訳し方も慣用句的に上記のように訳す。

問19・どちらの側にも味方なさるな。
    「を」は動作の対象を表す格助詞。「も」は同趣の一つを表す係助詞。「給ふ」は尊
   敬の意味を添える補助動詞。最後の「な」は禁止を表す終助詞である。

問20・多くの人々の迷惑になったら、
    「あまた」は副詞。「大勢」「多くの人」と訳す。「煩ひ」は動詞の連用形から転じた名
   詞。「に」は変化の結果を表す格助詞、「なら」は四段活用動詞の未然形、最後の「ば」
   は順接の仮定条件を表す接続助詞。

問21・一日中激しく揉むように吹いた風の騒ぎのために、
    「ひねもすに」は副詞。「つる」は完了の意味を表す助動詞。「騒ぎ」は動詞の連用
   形から転じた名詞。「に」は原因・理由を表す格助詞。

問22・そうは言っても、
    「さ」は副詞。「こそ」は係助詞だが、結びになるべき用言「言ふ」で文が終わってお
   らず、已然形のまま次の文節へつながっている。この場合は「言へ」の後に逆接の
   確定条件を表す接続助詞「ど」が続いているのと同じことになるので、現代語訳も逆
   接の確定条件になるように訳す。

問23・思わず
    「に」は断定の意味を表す助動詞「なり」の連用形。「も」は係助詞でここでは強意。
   「ず」は打消の意味を表す助動詞。直訳すると「心でもない」となるが、それでは日本
   語として不自然な訳になるので、解答に示したように意訳する。

問24・ただもうこの世に生きていらっしゃったまま(の御姿)で
    「ただ」は副詞。「おはしまし」は「あり」の尊敬語。主語が生物なので「いる」と訳す
   のが普通だが、ここでは既に亡くなった人物が主語であるので「生きている」と訳す。
   「ながら」は「まま」と訳し、その状態が変化せずに続いていることを表す接続助詞。

問25・どうしてこんな見苦しい場所にいるのか。
    「など」は「ものする」を、「かく」は「あやしき」を修飾し、いずれも副詞。「など」は理
   由をたずねる陳述の副詞で、文末が活用語の場合は連体形になるが、ここでは「も
   のする」の後に念を押す言い方をする係助詞「ぞ」がある。「に」は場所を表す格助
   詞。「ものする」はその文章ごとに意味を考えて最適な意味に訳す。ここでは「あり」
   の意味。

問26・恐れ多いお姿にお別れ申し上げてから
    「賢き」は「恐れ多い」という意味。ここでは源氏の君が故院に対し畏敬の念を表し
   ている。「奉り」は謙譲の意味を表す補助動詞。「に」は完了、「し」は過去の意味を
   表す助動詞。

問27・身を投げてしまいましょうかしら。
    「身」の前に「この渚に」とあるので、「捨て」が海への投身自殺を意味していること
   がわかる。「侍り」は丁寧の意味を表す補助動詞。「な」は完了、「まし」は躊躇する意
   志を表す助動詞。

問28・ひどい悲しみに沈んでいるのを見ると、
    「いみじき」は程度が甚だしいことを表す。「憂へ」は動詞の連用形から転じた名詞。
   「を」は格助詞で動作の対象を表す。「に」は単純接続を表す接続助詞。

問29・天皇に申し上げなければならないことがあるので
    「内裏」は宮中を指すが、直後に「奏す」があるのでここでは「天皇」を意味すること
   がわかる。この「奏す」は「言ふ」の謙譲語だが、天皇・上皇・法皇に対して言う場合
   に限って使われる。「べき」は義務を表す助動詞。「に」は格助詞、「なむ」は係助詞。

問30・「御供に(私も宮中へ)参上しよう」と(言って)泣き沈みなさって、
    「な」は強意、「む」は意志を表す助動詞。「参り」は「行く」の謙譲語。ここでは故院
   と共に宮中へ参上することをさす。「と」は引用を表す格助詞。この直後に「言ひて」
   が省かれている。「給ふ」は尊敬の意味を表す補助動詞。「て」は単純接続を表す接
   続助詞。


第47回・総合問題(2)

 次の文章中の下線部分1〜30を、文脈に即して現代語訳しなさい。

【初級】
 1今は昔2竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使
ひけり。名をばさぬきの造となむ言ひける。その竹の中に、もと光る竹なむ一筋ありける。
3あやしがりて寄りて見るに、筒の中光りたり。4それを見れば、三寸ばかりなる人、5いと
美しうてゐたり
。翁言ふやう、「われ、朝ごと夕ごとに見る竹の中におはするにて知りぬ。子
になり給ふべき人なめり。」とて、手にうち入れて6家へ持ちて来ぬ。妻の嫗に預けて7養は
。美しきこと限りなし。8いと幼ければ、籠に入れて養ふ。竹取の翁、竹を取るに、この子
を見つけて後に竹取るに、節を隔ててよごとに黄金ある竹を9見つくること重なりぬ。かくて、
翁やうやう豊かになりゆく。この児、養ふほどに、すくすくと大きになりまさる。10三月ばかり
になるほどに
、よきほどなる人になりぬれば、髪上げなどとかくして、髪上げさせ、喪着す。


【中級】
 人の亡き後ばかり悲しきはなし。中陰のほど、山里などに移ろひて、便悪しく狭き所にあ
またあひ居て、後のわざども営みあへる、心あはただし。日数の早く過ぐるほどぞ、11物に
も似ぬ
。果ての日は、いと情けなう、互ひに言ふことなく、我賢げに物ひきしたため、ちりぢ
りに行き離れぬ。元の住家に帰りてぞ、さらに悲しき事は多かるべき。「しかじかのことは、
12あなかしこ、後のため13忌むなる事ぞ。」など言へるこそ、14かばかりの中に何かはと、
人の心はなほうたて覚ゆれ。
 年月経ても15つゆ忘るるにはあらねど、去る者は日々に疎しと言へる事なれば、さは言
へど、16その際ばかりは覚えぬにや、よしなしごと言ひてうちも笑ひぬ。骸は気疎き山の中
にをさめて、17さるべき日ばかり詣でつつ見れば、ほどなく卒都婆も苔むし、木の葉降り埋
みて、夕べの嵐、夜の月のみぞ、言問ふよすがなりける。18思ひ出でて偲ぶ人あらんほど
こそあらめ
、そもまたほどなく失せて聞き伝ふるばかりの末々は、19あはれとやは思ふ。さ
るは、跡問ふわざも絶えぬれば、いづれの人と名をだに知らず。年々の春の草のみぞ、心
あらん人はあはれと見るべきを、果ては嵐にむせびし松も千年を待たで薪に砕かれ、古き
墳は鋤かれて田となりぬ。20そのかただになくなりぬるぞ悲しき


【上級】
 薩摩の守のたまひけるは、「年ごろ申し承つて後、21愚かならぬ御事に思ひ参らせ候へ
ども
、この二三年は京都の騒ぎ、国々の乱れ、しかしながら当家の身の上の事に候ふ間、
疎略を存ぜずと言へども、常に参り寄る事も候はず。22君既に都を出でさせ給ひぬ。一門
の運命はや尽き候ひぬ。撰集のあるべき由承り候ひしかば、生涯の面目に一首なりとも
23御恩を蒙らうと存じて候ひしに、やがて世の乱れ出で来てその沙汰なく候ふ条、ただ一
身の嘆きと存じ候ふ。世鎮まり候ひなば、24勅撰の御沙汰候はんずらん。ここに候ふ巻物
のうちに、25さりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩を蒙りて、26草の陰にても嬉しと存
じ候はば
、遠き御守りにこそ候はんずれ。」とて、日頃詠みおかれたる歌どもの中に秀歌と
おぼしきを百余首書き集められたる巻物を、27今はとてうつたたれける時、これをとつて持
たれたりしが、よろひの引き合はせより取り出でて俊成卿に奉る。三位これをあけて見て、
「かかる忘れ形見を賜りおき候ひぬる上は、28ゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ。御疑ひあ
るべからず。さてもただ今の御わたりこそ、情けもすぐれて深う、29哀れもことに思ひ知ら
れて
、感涙押へがたう候へ。」とのたまへば、薩摩守喜びて、「今は30西海の波の底に沈
まば沈め
、山野にかばねをさらさばさらせ、憂き世に思ひおく事候はず。さらば暇申して。」
とて、馬にうち乗りかぶとの緒を締め、西をさいてぞ歩ませ給ふ。


【解答・解説】

問01・今(となって)は(もう)昔(の話であるが)、
    そのまま「今は昔」と訳していることが多いが、正確には括弧内の語句が省かれてい
   る。

問02・「竹取の翁」という者がいた。
    「竹取の翁と呼ばれている者がいた」ということ。主語が生物なので、「あり」は「いる」
   と訳す。「けり」は過去の意味を表す助動詞。

問03・不思議に思って近寄ってみると、
    「怪しがり」は動詞。「不思議に思う」「不審に思う」という意味。「て」と「に」はいずれも
   単純接続を表す接続助詞。

問04・それを見ると
    「ば」の直前の語が已然形なので順接の確定条件になるが、これは、恒常条件・偶
   然条件・原因理由の3種類に分けられる。ここでは「見れ」の後に、たまたま「光り」と
   いう現象があったので、偶然条件に訳す。

問05・とても可愛らしい(姿で)座っている。
    「美しう」はシク活用の形容詞「美し」の連用形でウ音便となったもの。「美しい」では
   なく「可愛らしい」と訳す。「ゐ」はワ行上一段活用の動詞。「座る」と訳す。「たり」は存
   続の意味を表す助動詞。

問06・家へ持ってきた。
    「ぬ」で終止形となっているので、これは完了の意味を表す助動詞とわかる。直前の
   「来」は「き」と発音する。

問07・養育させる。
    「す」は使役の意味を表す助動詞。同じく四段・ナ変・ラ変動詞の未然形の後に続い
   て使われる助動詞「す」には尊敬もあるが、これは後続に敬語の補助動詞を伴う連用
   形の用法しかないので、終止形なら100%使役である。

問08・とても幼いので、
    「ば」は問04と同じく順接の確定条件を表すが、偶然条件ではなく原因・理由を表す
   用法。「いと幼けれ」が「籠に入れて養ふ」の理由となる関係である。

問09・見つけることが
    「見つくる」はカ行下二段活用の動詞。現代語の「見つける」にあたる。「こと」の後に
   主格を表す助詞「が」を補訳しないと、後続の「重なりぬ」にうまくつながらない。

問10・3ヶ月ほど経つうちに
    「三月」は「やよい」とも読むが、ここでは「みつき」と読み、3ヶ月という期間を表す。
   「ばかり」は程度を表す副助詞。「に」は2箇所使われているが、前が変化の結果、後
   のが時を表し、いずれも格助詞。「なる」はラ行四段活用動詞で、ここでは「時が経過
   する」の意味。

問11・比べようがない。
    「ぬ」で文末となっているが、問06と違うのはこれが係助詞「ぞ」の結びのために連
   体形となっている点。従って完了「ぬ」の終止形ではなく、打消の意味を表す助動詞
   「ず」の連体形である。現代語訳は直訳すると「物にも似ない」となるが、これはつまり
   「比較できないほどの大きな差異がある」ということである。

問12・ああ恐れ多いことだ。
    「あな」は感動詞。「かしこ」は形容詞「畏し」の語幹。「畏し」は「恐れ多い」という意
   味。

問13・忌み嫌うとかいうことですよ。
    「忌む」はマ行四段活用動詞。したがって終止形と連体形が同一となるので、次の
   「なる」が伝聞推定か断定かの判断は外見上では不可能だ。ここでは「伝聞」の意味
   で使われている。「ぞ」は終助詞。念を押す言い方になる。

問14・これほどの(悲嘆)の中にあって『何で(そんな縁起をかつぐようなことを言うのだろ
    う)か』と、

    「かばかり」は「か」+「ばかり」で合成された副詞。「何かは」の「かは」は反語を表す
   係助詞。前の「忌むなることぞ」を受けて、「かは」の後に「忌むこと言はん」が省かれ
   ている。「何かは」の部分が作者の心内表現文である。

問15・少しも忘れるわけではないけれども、
    「つゆ」は陳述の副詞。後に打消の語を伴い「少しも〜ない」と訳す。「に」は断定の
   意味を表す助動詞「なり」の連用形。「は」は特定を表す係助詞。「ね」は打消の意味
   を表す助動詞「ず」の已然形。「ど」は逆接の確定条件を表す接続助詞。

問16・亡くなったその当時ほどは感じないのであろうか。
    「さは言へど〜覚えぬにや」が作者の推量表現で挿入句となっている。「その際」と
   はここでは死んだ直後のこと。「ばかり」は程度を表す副助詞だが、後に打消の語を
   伴っているときは「ほど」と訳す。「ぬ」は打消、「に」は断定の意味を表す助動詞。「や」
   は疑問を表す係助詞でこの後に「あらむ」が省かれている。現代語訳の際は省かれた
   「あらむ」まで含めて訳す必要がある。

問17・(法事など)墓参りをすることになっている日だけお参りして見ると、
    「さる」は副詞「さ」+ラ変動詞「ある」で合成された連体詞。直訳すると「そうある」に
   なる。「べき」は当然の意味を表す助動詞。「ばかり」はここでは程度ではなく限定を表
   す副助詞。ここまでを直訳すると「そうあるはずの日だけ」となる。これでは意味が通じ
   ないので「さる」の部分を具体的な内容に意訳しなければならない。「つつ」は動作の
   反復を表す接続助詞。「ば」は順接の確定条件を表す接続助詞で、ここでは偶然条件
   になる。

問18・故人のことを思い出して懐かしむ人がいる間は(故人に対して)しみじみと感慨を抱
    くだろうが、

    「あら」の主語が「思ひ出でて偲ぶ人」なので「いる」と訳す。「む」は婉曲を表すので
   現代語訳には反映させない。その次の「め」は推量の意味を表す助動詞「む」の已然
   形だが、係助詞「こそ」の結びでありながら「め」で文末となっていないので、後続の文
   節に対して逆接の確定条件で接続する点に注意。なお、「あらめ」の「あら」の部分は
   後の「哀れとやは思ふ」の部分に対応している(問19を参照)。したがって、それを意
   識して意訳する。直訳して「あるだろうが」では文意が通らない。

問19・しみじみと感慨を抱くだろうか。いや、抱きはしまい。
    「哀れ」は形容動詞「あはれなり」の語幹で名詞化されたもの。「しみじみと思う」とい
   う意味。「と」は引用を表す格助詞、「やは」は反語を表す係助詞。

問20・その(人がかつて生きていたという)形跡さえなくなってしまうことが悲しい。
    「かた」とは形跡や証拠。何の形跡かを考えて補訳する必要がある。「だに」は類推
   を表す副助詞。「ぬる」は完了の意味を表す助動詞。「ぞ」は強意を表す係助詞。

問21・並一通りなことではなくお思い申し上げておりましたけれども、
    「愚かなら」はナリ活用の形容動詞。いい加減にすることを意味する。「ぬ」が打消の
   意味を表す助動詞。「参らせ」は謙譲の意味を添える補助動詞。「候へ」は丁寧の意味
   を添える補助動詞。「参らせ」「候へ」とも、薩摩守から俊成卿に対する敬意である。最
   後の「ども」は逆接の確定条件を表す接続助詞。

問22・天皇はもはや都をお出でになってしまいました。
    「君」はここでは天皇のこと。動詞「出で」に対して「させ給ふ」と最高敬語が使われて
   いることでわかる。「ぬ」は完了の意味を表す助動詞。

問23・『(三位殿の)御恩をいただいて(勅撰和歌集に載せていただこう)』と存じておりまし
    たのに、

    「う」は意志の意味を表す助動詞「む」の音便。鎌倉時代以後の軍記物語では「ん」と
   ともに「う」も使われるようになった。薩摩守は勅撰和歌集に自作の和歌を載せていた
   だくことが今まで俊成卿から和歌の指導を受けたことに対する恩返しになると考えたの
   である。「存じ」は「思ふ」の謙譲語。「て」は肯定の単純接続を表す接続助詞。「候ひ」
   は丁寧の意味を添える補助動詞。敬語はいずれも薩摩守から俊成卿への敬意。「し」
   は過去を表す助動詞「き」の連体形。「に」は逆接の確定条件を表す接続助詞。

問24・勅撰和歌集の編纂するご命令がございますことでしょう。
    「候は」は「あり」の丁寧語。「んず」は推量、「らむ」は現在推量の意味を表す助動詞
   で、いずれも終止形。

問25・勅撰和歌集に載せるのにふさわしい和歌がございましたら、
    「さりぬべき」とは副詞「さ」+ラ行変格活用動詞「あり」+強意の意味を表す助動詞
   「ぬ」+当然の意味を表す助動詞「べき」に分解できる。「きっとそうあるはずの」が直
   訳になるが、それでは意味が通じないので、「さ」の中身を具体化した上で意訳する。
   文章全体の流れをみると、薩摩守が自作の和歌を勅撰和歌集に載せてもらえること
   を切望しているので、解答に示した現代語訳になる。「候は」は「あり」の丁寧語。これ
   が未然形なので最後の「ば」は順接の仮定条件を表す接続助詞である。

問26・(私が死んで)あの世でも『嬉しい』と存じましたら、
    「草の陰」とは墓の下を意味し、つまりは死後の世界をさす。「にて」は場所を表す格
   助詞。「も」は同趣の一つを表す係助詞。「現世だけでなく来世でも」ということ。「存じ」
   「候は」は問23、「ば」は問25と同じ。

問27・『今は(最後)』と、(都を)出立なさった時に
    「今は」の後に省かれた語句を考えて訳す必要がある。「うつたた」は「出立する」の
   意味。なお、「うつ」は接頭辞。「れ」は尊敬、「ける」は過去の意味を表す助動詞であ
   る。この「れ」は地の文なので、作者から薩摩守に対する敬意である。

問28・決して粗末に扱おうとはお思い申し上げません。
    「ゆめゆめ」は打消の語と呼応する陳述の副詞。「決して〜ない」と訳す。「存ず」は
   「思ふ」の謙譲語で、問23とは逆に俊成卿から薩摩守への敬意になる。最後の「候
   ふ」の敬意の方向も「存ず」と同じ。「まじう」は打消意志の意味を表す助動詞。本来
   は「まじく」でウ音便となったものである。「候ふ」は丁寧の意味を添える補助動詞。

問29・しみじみとした感動も一段と感じられて、
    「哀れ」は物事に対する感動を表す。形容動詞の語幹が名詞化したもの。「ことに」
   は副詞。次の「思ひ知ら」を修飾する。「れ」は自発の意味を表す助動詞。最後の「て」
   は肯定の単純接続を表す接続助詞。

問30・西国の海の波の底に沈むなら、沈んで(死んで)もかまわない。
    「の」は連体修飾格、「に」は場所を表し、いずれも格助詞。「ば」は順接の仮定条
   件を表す接続助詞。この部分は、次の「山野にかばねをさらさばさらせ」と対になる。
   自作の和歌を書いた巻物を俊成卿に無事に差し上げることができた今となっては、
   海ででも山ででも死んで悔いは残らないという意味である。


第48回・総合問題(3)

 次の文章中の下線部分1〜30を、文脈に即して現代語訳しなさい。

【初級】
 大方、世の常に異なる、新しき説を興す時には、良き悪しきを言はず、まづ一わたりは、
1世の中の学者に憎まれ、謗らるるものなり。あるは、おのがもとより来つる説と2いたく異
なるを聞きては
、良き悪しきを味わひ考ふるまでもなく、始めよりひたぶるに捨てて、3取り
上げざる者もあり
。あるは心の中には、4「げに。」と思ふふしも多くあるものから、さすがに
近き人の事に従はむ事の嫉くて、5良しとも悪しとも言はで、ただ、6承けぬ顔して過ぐす類
もあり
7あるは嫉む心のすすめるは、心には良しと思ひながら、そのなかの疵をあらがち
に求め出して、8全てを言ひ消たむと構ふる者もあり。大方古き説をば、十が中に七つ八
つは悪しきをも、悪しき所をば覆ひ隠して、わずかに二つ三つの9採るべき所のあるを取り
立てて
、力の限り助け用ゐんとし、新しきは十に八つ九つは良くても、一つ二つの悪き事を
言ひ立てて、八つ九つの良き事をもおしけちて、力の限りは我も用ゐず、10人にも用ゐさ
せじとする
、こは、大方の学者のならひなり。


【中級】
 11世に従はん人は、まづ機嫌を知るべし。序悪しき事は人の耳にも逆ひ、心にも違ひて、
12その事ならず。さやうの折節を心得べきなり。但し、病を受け、子生み、死ぬる事のみ機
嫌をはからず、序悪しとて、止むことなし。生・住・異・滅の移り変はる、実の大事は猛き河
の漲り流るるがごとし。暫しも滞らず、直ちに行ひゆくものなり。されば、真俗につけて、
13必ず果たし遂げんと思はん事は、機嫌を言ふべからず。とかくのもよひなく、14足を踏み
止むまじきなり

 春暮れて後夏になり、15夏果てて秋の来るにはあらず。春はやがて夏の気を催し、夏よ
り既に秋は通ひ、秋は即ち寒くなり、十月は小春の天気、草も青くなり、梅も蕾みぬ。16
の葉の落つるも
、まづ落ちて芽ぐむにはあらず。下より萌しつはるに堪へずして落つるなり。
迎ふる気、下に設けたるゆゑに、待ち取る序甚だ速し。生老病死の移り来る事、17またこ
れに過ぎたり
。四季はなほ定まれる序あり。死期は序を待たず。18死は前よりしも来らず
かねて後ろに迫れり。人みな死ある事を知りて、19待つ事しかも急ならざるに、覚えずして
来る。沖の干潟遙かなれども、20磯より潮の満つるがごとし


【上級】
 21夜中も過ぎにけんかし、風の荒々しう吹きたるは。まして、松の響き、木深く聞こえて、
気色ある鳥の、空声に鳴きたるも、22「梟はこれにや。」と覚ゆ。うち思ひめぐらすに、こな
たかなた気遠く疎ましきに、人声せず。23などて、かく、はかなき宿りは取りつるぞ。」と、
悔しさもやらん方なし。右近は物も覚えず、24君につと添ひ奉りて、わななき死ぬべし。ま
た、「これもいかならむ。」と、心そらにて、とらへ給へり。25我一人、賢しき人にて、思しや
る方ぞなきや
。火は、ほのかにまたたきて、母屋の際に立てたる屏風のかみ、ここかしこ
の、隈々しく覚え給ふに、26物の足音、ひしひしと踏み鳴らしつつ、後より寄り来る心地す。
27「惟光とく参らなん。」と思す。ありか定めぬ者にて、ここかしこ、尋ねけるほどに、夜の
明くる程の久しさは、千年を過ぐさん心地し給ふ。からうじて、鳥の声はるかに聞こゆるに、
 「28命をかけて何の契りにかかる目を見るらむ。我が心ながら、かかる筋におほけなく、
あるまじき心の報いに、29かく来し方行く先の例となりぬべき事はあるなめり。忍ぶとも、
世にある事、隠れなくて、内裏に聞こし召さむを初めて、人の思ひ言はん事、30良からぬ
童べの口ずさびになるべきなめり
。ありありて、をこがましき名を取るべきかな。」と思しめ
ぐらす。


【解答・解説】

問01・世の中の学者に憎まれ、非難されるものである。
    「れ」「るる」はいずれも受身の意味を表す助動詞。最後の「なり」は断定の意味を表
   す助動詞。

問02・ひどく異なる説を聞くと、
    「いたく」は形容詞「いたし」の連用形で程度の甚だしいことを表す。「異なる」の後に
   体言がないので準体用法。文脈から「説」が省かれていることがわかる。

問03・相手にしない者もいる。
    「ざる」は打消の意味を表す助動詞。「あり」は主語が人間なので「いる」と訳す。
問04・「なるほど」と思う点もあるけれど、
    「げに」は他の意見に同意するときに使う副詞。「ものから」は逆接の確定条件を表
   す接続助詞。

問05・「良い」とも「悪い」とも言わないで、
    「とも」は接続助詞ではなく、引用を表す格助詞「と」に同趣の一つを表す係助詞「も」
   がついたものである。そのまま「とも」と訳せる点がポイント。最後の「で」は打消の単
   純接続を表す接続助詞。

問06・納得しない顔で過ごす人もいる。
    「ぬ」は打消の意味を表す助動詞。「して」は「過ぐす」という動作の手段・様態を表す
   格助詞。

問07・あるいは嫉妬する気持ちの強い人は、
    「すすめ」は「強くする」の意味。「る」は存続の意味を表す助動詞。これも後続の語
   に体言がないので準体用法。文脈から「人」が省かれていることがわかる。

問08・その説の全部を否定しよう。
    「言ひ消た」は「否定する」の意味。「む」は意志の意味を表す助動詞。
問09・採用できそうな点があるのを特別に取り上げて、
    「べき」は可能の意味を表す助動詞。
問10・他人にも使わさせまいとする。
    「させ」は使役、「じ」は打消意志の意味を表す助動詞。
問11・世間の風習に従おうとする人は、
    「む」は文中の連体形なので婉曲と解釈して特に訳さないのが基本だが、意志の意
   味を表す助動詞として使われることが稀にあるので注意したい。

問12・物事が成就しない。
    「なら」は断定の意味を表す助動詞ではなく、ラ行四段活用動詞。この動詞に限り、
   ひらがなで表記されるので助動詞との判別に注意したい。現代語でもよく使われる「予
   選突破ならず」「決勝進出ならず」という「なら」と同じ用法である。

問13・きっと成し遂げようと思う事に(対して)は、時機の良し悪しを言ってはならない。
    助動詞「ん」が2度出てくるが、最初のは終止形で意志、後のは連体形なので婉曲の
   意味。「べから」は義務、「ず」は打消の意味を表す助動詞。結果的に「べからず」で禁
   止となる。

問14・足踏みし(その事柄を)中止してはならないのである。
    「止む」は物事の実行を取りやめること。「まじき」は禁止、「なり」は断定の意味を表
   す助動詞。

問15・夏が終ってから秋が到来するわけではない。
    「の」は主格を表す格助詞で「が」と訳す。「果て」は「終る」という意味。「に」は断定、
   「ず」は打消の意味を表す助動詞。

問16・木の葉が落ちることも、
    格助詞「の」が2度出てくるが、最初は連体修飾格、後のは主格を表す。前者はその
   まま「の」と訳し、後者は「が」と訳せる点が判別のポイント。「落つる」は連体形だが直
   後に体言がないので準体用法。形式名詞「こと」を補訳する。

問17・これにまさっている(直訳)→自然界の変化する速度よりも速い(意訳)
    「過ぎ」は「2者のうち一方が優っている」という意味。「たり」は存続の意味を表す助
   動詞。「これ」の中身を具体的に表すと、矢印の右側に記した意訳になる。

問18・死は前からやって来ない。
    「より」は動作の起点を表す格助詞、「し」は強意を表す副助詞。「来ら」はラ行四段
   活用動詞。カ行変格活用動詞の「来」とは別の語で、「やってくる」という意味。最後の
   「ず」は打消の意味を表す助動詞。

問19・(死を)待つ迎えることが切迫していない時に、
    「急なら」はナリ活用の形容動詞で「差し迫る」の意味。「ざる」は打消の意味を表す
   助動詞。その後に体言がないので準体用法である。現代語訳の際は体言「時」を補
   訳する。従って、最後の「に」は時を表す格助詞となる。

問20・(海で喩えれば)磯から潮が満ちてくるようなものだ。
    「より」は動作の起点、「の」は主格を表す格助詞。「ごとし」は比況の意味を表す助
   動詞。

問21・夜中もきっと過ぎたのだろうよ。
    「に」は後続の語が過去推量の助動詞なので完了ではなく強意。「きっと〜」と訳す。
   「けむ」は過去推量の意味を表す助動詞。「かし」は強意を表す終助詞。ここで文が終
   わらず後続が読点になっているのは、「風の荒々しう吹きたるは」と倒置されているか
   らである。

問22・『梟(という鳥は)これであろうか』と思う。
    「に」は断定の意味を表す助動詞。「や」は疑問を表す係助詞で、その後に「あらむ」
   が省かれている。

問23・どうしてこんな頼りない宿を取ってしまったのか。
    「などて」は用言「取り」を修飾する副詞。「どうして」と訳す。「かく」は用言「はかなき」
   を修飾する副詞。「このような」と訳す。「つる」は完了の意味を表す助動詞。最後の
   「ぞ」は強意を表す終助詞。

問24・源氏の君にぴったりと寄り添い申し上げて、ぶるぶると震えて死にそうである。
    「奉り」は謙譲の意味を表す補助動詞。「わななき」は震えること。「べし」は推量の
   意味を表す助動詞。

問25・私一人だけが気の確かな人であって、慰めなさる(ことができる)人もいないなあ。
    「に」は断定の意味を表す助動詞。「て」は肯定の単純接続を表す接続助詞。「思し
   やる」は「不安な心情を慰めなさる」の意味。最後の「や」は詠嘆を表す間投助詞。

問26・何者かが足音をみしみしと踏み鳴らしながら、
    「物」は「物の怪」などの正体不明なものをさす。「の」は主格を表す格助詞。「ひしひ
   しと」は擬態語で副詞。「つつ」は動作の並行を表す接続助詞。ここでは、「踏み鳴ら
   し」と「寄り来る」とが同時進行となっていることを表す。

問27・『惟光が早く参上してほしい』と(源氏の君は)お思いになる
    「とく」は副詞で「早く」の意味。「参ら」は謙譲の敬語動詞だが、源氏の君の心内表
   現文でなおかつ敬意の方向が源氏の君へ向けられているので、これは自敬表現に
   なる。「なむ」は他への希望を表す終助詞。直前の語が未然形である点が他の「なむ」
   との判別のポイントとなる。「思す」は「思ふ」の尊敬語。

問28・命がけ(の思いまでして)、どんな前世の因縁によってこんなひどい目を見ているの
    だろうか。

    「いかなる」はナリ活用の形容動詞。「契り」は「前世からの因縁」という意味で、動詞
   の連用形から転化した名詞。「に」は原因を表す格助詞。断定の意味を表す助動詞で
   はない。「らむ」は現在の原因推量の意味を表す助動詞。副詞「何」を受けて連体形で
   ある。

問29・こんな過去や未来の例にきっとなるに違いない事件が起きるのだろう。
    「来し方」は過去を、「行く先」は未来を意味し、しばしばペアで用いられる。「なり」は
   ラ行四段活用動詞。その後の「ぬ」は強意、「べき」は推量、「な」は断定、「めり」は婉
   曲の意味を表す助動詞。

問30・身分の低い子どもたちの噂話の種になるに違いないようだ。
    「良し」には身分が高いという意味があるので、後続の「ぬ」(打消しの意味を表す助
   動詞)と一緒になると「身分が低い」となる。その後の「口ずさび」は噂話。「に」は変化
   の結果を表す格助詞。「なる」はラ行四段活用動詞「べき」は推量、「な」は断定、「めり」
   は婉曲の意味を表す助動詞。


第49回・総合問題(4)

 次の文章中の下線部分1〜30を、文脈に即して現代語訳しなさい。

【初級】
 また治承四年卯月の頃、中御門京極のほどより、大きなる辻風起こりて、六条わたりま
1吹ける事侍りき。三四町吹きまくる間に、籠れる家ども、2大きなるも小さきも、一つとし
て破れざるはなし。さながら平に倒れたるもあり、3桁・柱ばかり残れるもあり。門を吹き放
ちて四五町がほかに置き、また垣を吹き払ひて隣と一つになせり。いはんや、家の内の資
材、数を尽くして空にあり、檜皮・葺板の類、4冬の木の葉の風に乱るるが如し5塵を灰の
如く吹き立てたれば
、全て目も見えず、夥しく鳴りとよむほどに、物言ふ声も聞こえず。か
の地獄の業の風なりとも、6かばかりにこそはとぞ覚ゆる。家の損亡せるのみにあらず、こ
れを取り繕ふ間に身を損なひ、かたはづける人、数も知らず。この風、7未の方に移りゆき
8多くの人の嘆きをなせり。辻風は常に吹くものなれど、9かかる事やある10ただ事に
あらず
。さるべき物の諭しかなどぞ、疑ひ侍りし。


【中級】
 かくのみ思ひくんじたるを、11心も慰めむと、心苦しがりて、母、物語など求めて見せ給ふ
に、げに、自から慰みゆく。紫のゆかりを見て、12続きの見まほしく覚ゆれど、人語らひなど
もえせず、13誰もいまだ都なれぬほどにて、え見つけず。いみじく心もとなく、ゆかしく覚ゆる
ままに、「この源氏の物語、14一の巻よりしてみな見せ給へ。」と、心の内に祈る。親の太秦
に籠り給へるにも、異事なくこの事を申して、15出でむままにこの物語見果てむと思へど
見えず。16いと口惜しく思ひ嘆かるるに、をばなる人の田舎より上りたる所に渡りたれば、
17いと美しう生ひなりにけり。」 などあはれがり、珍しがりて、18帰るに、「19何をか奉らむ
忠実しき物は正なかりなむ。20ゆかしくし給ふなる物を奉らむ。」とて、源氏の五十余巻、櫃
に入りながら、在中将、とほぎみ、芹川、しらら、あさうづなどいふ物語ども、一袋取り入れ
て得て帰る心地の嬉しさぞいみじきや。


【上級】
 時はいとあはれなるほどなり、21人はまだ見なると言ふべきほどにもあらず、見ゆるごと
に、たださしくめるにのみあり、いと心細く悲しき事、物にも似ず。見る人もいとあはれに、忘
るまじきさまにのみ語らふめれど、「22人の心はそれに従ふべきかは」と思へば、ただ偏へ
に悲しう心細き事をのみ思ふ。23今はとて皆出で立つ日になりて、ゆく人も急きあへぬまで
あり、24とまる人はたまいて言ふかたなく悲しきに、「25時違ひぬる。」と言ふまでも、え出で
やらず。かたへなる硯に文を押し巻きうち入れて、またほろほろとうち泣きて出でぬ。しばし
は見む心もなし。見出で果てぬるに、ためらひて寄りて、何事ぞと見れば、
  君をのみ頼む旅なる心には、行く末遠く思ほゆるかな
とぞある。26見るべき人見よとなめりとさへ思ふに、いみじう悲しうて、ありつるやうに置きて、
27とばかりあるほどに、物しためり。目も見合はせず、思ひ入りてあれば、「28などか。世の
常の事にこそあれ。29いとかうしもあるは、我を頼まぬなめり。」などもあへしらひ、硯なる
文を見つけて、「あはれ。」と言ひて、門出の所に、
  我をのみ頼むと言へば行く末の30松の契りも来てこそは見め
となむ。かくて、日の経るままに、旅の空を思ひやる心地いとあはれなるに、人の心もいと
頼もしげには見えずなむありける。


【解答・解説】

問01・吹いたことがございました。
    「る」の直前の語が四段活用動詞なので、基本形「り」となる助動詞の連体形。「り」
   の大部分は存続の用法だが、ここでは以前から吹き続けているわけではないので、
   存続ではなく完了である。なお、完了の場合は「〜てしまう」と訳すのが基本だが、そ
   うすると不自然な日本語になる場合は過去の助動詞「き」と同様に「〜た」と訳す。そ
   の後の「侍り」は丁寧の意味を持つ敬語動詞。「あり」の丁寧語である。

問02・大きな家も小さな家も
    「大きなる」「小さき」がいずれも連体形でありながら、後続の語が助詞になっていて、
   体言がどこにもない。こういう表現を準体用法といい、連体形となった活用語自体に
   体言の意味をも含んでいると考える。したがって現代語訳の際はその省かれた体言
   も補訳する必要がある。文章を読むと、直前に「籠れる家ども」とあるので、省かれて
   いる体言は「家」であることがわかる。

問03・桁や柱だけが残った家もある。
    「ばかり」は限定の意味を表す副助詞。ここの「る」も問01と同じ理由で完了。ここも
   連体形でありながら後続の語が助詞なので問02と同じく準体用法。やはり「家」が省
   かれている。

問04・冬の木の葉が風に乱れているようなものだ。
    格助詞「の」が3度出てくるが、最初と2つ目は連体修飾格で、そのまま「の」と訳す
   ことができる。「葉」のあとに出てくる最後の「の」は「が」と訳せるのでこれは主格であ
   る。最後の「ごとし」は比況の意味を表す助動詞。

問05・塵を灰のように吹き上げてしまったので
    「たれ」はここも問01と同じ理由で、存続ではなく完了。その後の「ば」は已然形の
   後に使われているので順接の確定条件。後続の「全て目も見えず」の原因が「塵を灰
   の如く吹き立てたれ」であるので、ここは原因・理由に訳す。

問06・この程度の(ひどさ)だろうと思われる→これ以上の(ひどさ)ではないだろう
    「かばかり」は副詞。「これほど」「これくらい」と訳す。「に」は断定の意味を表す助動
   詞で係助詞「は」の後に「あらめ」が省かれている。直訳は矢印の左側に記した通りだ
   が、意訳すると右側のようになる。

問07・南南西の方向に移動し
    「未」は方角を表す。「午」が南、「坤」が南西、「酉」が西である。したがって「未」は南
   南西であることがわかる。

問08・多くの人に嘆きの種を作ってしまった。
    「の」は格助詞の連体修飾格。「嘆き」は動詞の連用形から転じた名詞。「なせ」はサ
   行四段活用動詞の已然形。「り」はここも問01と同じ理由で完了。

問09・このような(ひどい風が吹く)ことがあるのか。
    「かかる」は連体詞。「このような」と訳すが、その中身は文脈ごとに判断して訳す。
   「や」は疑問の意味を表す係助詞。

問10・普通の事ではない。
    「ただ事」とは「尋常なこと」「普通のこと」という意味。「に」は断定の意味を表す助動
   詞。それを「ず」で打消している。

問11・心を慰めようとして
    主語が作者ではなく母である点に注意。「私がふさぎこんでばかりいるので、母は私
   の心を慰めようとして物語などを見せてくれた」と解釈しなければならない。「む」は、し
   たがって母の意志を表す助動詞。「と」は母の心内表現文を受けるので、引用を表す
   格助詞。

問12・(物語の)続きが見たいと思うけれど
    「の」は「が」主格を表す格助詞。「まほしく」は希望の意味を表す助動詞。「ど」は逆
   接の確定条件を表す接続助詞。

問13・(家族の)誰もがまだ京の都(での生活)に慣れない頃であって
    「いまだ」は副詞。打消の語と呼応する。「なれ」はラ行下二段活用動詞であって、助
   動詞ではない。「ぬ」は打消、「に」は断定の意味を表す助動詞。「て」は肯定の単純接
   続を表す接続助詞。

問14・最初の巻から始めて全てお見せ下さい。
    「一の巻」とは「第1巻」、つまり最初の巻ということで、ここでは「桐壺巻」を指す。「よ
   り」は動作の起点を表す格助詞。「し」はサ行変格活用動詞「す」の連用形で、ここでは
   「始む」の意味で使われている。「て」は肯定の単純接続を表す接続助詞。「給へ」は尊
   敬の意味を表す補助動詞。命令形なので「お〜になる」ではなく、「お〜下さい」と訳す。

問15・夏(親が)寺から出たらすぐにこの物語をぜひ読破しようと思うけれど、
    「む」が2度出てくるが初めのは仮定の意味を表す助動詞。「見果てむ」の「む」は作
   者自身の意志になる。「まま」は「すぐ」と訳す。最後の「ど」は逆接の確定条件を表す
   接続助詞。

問16・非常に残念に思い嘆かずにいられないでいると、
    「口惜し」は「残念だ」という意味で重要古語の一つ。「るる」は自発の意味を表す助
   動詞。自発の場合は「自然と〜れる」と訳すのが一般的だが、「〜ずにいられない」と
   いう訳し方でも自発になる。最後の「に」は単純接続を表す接続助詞。

問17・とても可愛らしく成長したわねえ
    「美し」は「可愛い」という意味で重要古語の一つ。「に」は完了だが、「けり」は過去で
   はなく詠嘆の意味を表す助動詞。作者の成長した姿に感動した叔母の言葉である。

問18・(叔母のいる場所から自分の家へ)帰るときに
    「に」は接続助詞ではなく格助詞である。理由は直前の動詞「帰る」が準体用法にな
   っていて、「帰る」の後に「時」を補訳することができるからである。

問19・何を差し上げようか。
    「を」は動作の対象を表す格助詞。「か」は疑問を表す係助詞。「奉ら」は謙譲の意味
   を表し、「与ふ」の敬語動詞。最後の「む」は話し手である叔母自身の意志を表す助動
   詞。

問20・(あなたが)欲しがっていらっしゃるとか聞いている物を差し上げよう。
    「ゆかしく」は「興味を持つ」が原義。「なる」は断定ではなく伝聞。作者が物語を欲し
   がっているという話を以前から叔母は誰かから聞いていたことになる。

問21・あの方とはまだなじんだ仲と言えるほどでもなく
    「人」は作者の夫を指す。「なる」は助動詞ではなく「見なる」で複合動詞。現代語の
   「見慣れる」に相当する。「べき」は後続の語に打消の助動詞「ず」があるので、可能
   の意味を表す助動詞。「に」は断定の意味を表す助動詞。

問22・あの方の心はその約束に従うだろうか、いや従うはずがない。
    「人」はここも作者の夫を指す。「それ」とは直前の「忘るまじきさま」を指す。意味内
   容は「私を見捨てるはずがない」ということ。「べき」は主語が「人」なので推量の意味
   を表す助動詞。「かは」は反語の意味を表す係助詞。結局、作者は夫の言葉を信じて
   いないことがわかる。

問23・「今は(もうお別れしなければならない)」と言ってみんなが出発する日になって、
    「今は」の後に省かれている内容を考えて訳さなければならない。「とて」から後はそ
   のまま言葉通りに訳すことができる。

問24・あとに残る私もまたなおさら言いようもなく悲しいので、
    「とまる人」が「行く人」の対になっている。ここでは出発する父親に対して、あとに残
   る作者を意味する。最後の「に」は順接の確定条件を表す接続助詞。

問25・予定の時刻が狂ってしまう。
    「時」は「出発予定の時刻」を指す。「違ふ」は「狂う」の意味。「ぬる」は完了の意味を
   表す助動詞。なかなか出発しようとしない父に対して「時違ひぬる」と言って父の従者
   が促している場面である。

問26・あの方に見てもらいたいというのであろうとまで思うと、
    「見るべき人」とは「見るはずの人」と直訳できるので、意訳すると「夫」になる。「べき」
   は当然の意味を表す助動詞。「と」は引用を表す格助詞、「さへ」は添加の意味を表す
   副助詞。最後の「に」は単純接続を表す接続助詞。

問27・しばらく経つうちにあの方が見えたようだ。
    「とばかり」は副詞。「しばらく」と訳す。ここでは用言「ある」を修飾している。「に」は
   時を表す格助詞、「物し」はここでは「来」の意味で使われている。「来」の主語は作者
   の夫。「た」は本来「たる」で完了の意味を表す助動詞「たり」の連体形「たる」の短縮
   形。「めり」は婉曲の意味を表す助動詞。

問28・なぜ(そんなにひどく悲しんでいるの)か?
    「など」は理由を尋ねる際に使う副詞。「か」は疑問を表す格助詞。「なぜ〜か」と訳
   すが、この文では「〜」の部分に当たる内容が書かれていないので、文脈で判断しな
   ければならない。「いみじう悲しうて」と「目も見合はせず、思ひ入りてあれ」がヒントと
   なる。

問29・これほどひどく嘆いているのは私を信頼していないようだ
    「かう」は副詞「かく」のウ音便。「し」は強意を表す副助詞。「も」は係助詞。「し」も
   「も」も取り除いても文が成立する点に注意。「ある」は主語が人間の場合は「いる」と
   訳す場合が多いが、もう少し具体的に訳さないと「頼まぬなめり」の理由になり得ない。
   ここでは「嘆く」「悲しむ」という意味を含めて訳す。「頼ま」は現代語の「頼む」ではなく
   「頼りにする」の意味。「ぬ」は打消、「な」は断定、「めり」は婉曲の意味を表す助動詞。
   このうち「な」は本来「なり」の連体形「なる」で、それが短縮された形。

問30・(あなたの娘さんと私との仲は)松のように千年も長く続くことを
    再び帰京してぜひ御覧下さい。「の」は比喩を表す格助詞で「〜のように」と訳す。松
   はもともと寿命長い樹木で、それを作者の夫である藤原兼家は永遠に続く夫婦の愛
   情に喩えた。「来」は作者の父が国司の任務を終えて再び京の都へ戻ることを意味す
   る。最後の「め」は勧誘。係助詞「こそ」の結びで文末にあることが多く、「ぜひ〜してく
   ださい」と訳す。


第50回・総合問題(5)

 次の文章中の下線部分1〜30を、文脈に即して現代語訳しなさい。

【初級】
 折節は正月七日の夜、近所の男子を藤市かたへ、長者になりやうの指南を頼むとて、遣
はしける。座敷に燈輝かせ、娘を付け置き、「露路の戸の鳴る時知らせ。」と1申し置きしに
この娘しほらしくかしこまり、燈心を一筋にして、ものもうの声するとき、2もとのごとくにして
勝手に入りける。三人の客、座に着く時、台所に3摺鉢の音響き渡れば、客、耳を喜ばせ、
これを推して「皮鯨の吸物」と言へば、「いやいや、4初めてなれば雑煮なるべし。」と言ふ。
また一人はよく考へて「煮麺」と落ち着けける。5必ず言ふ事にて、をかし。藤市出でて、三
人に世渡りの大事を物語して聞かせける。6一人申せしは、「今日の七草と言ふいはれは、
7いかなる事ぞ。」と尋ねける。「あれは神世の始末はじめ、雑炊といふ事を知らせ給ふ。」
また一人、「掛鯛を六月まで荒神の前に置きけるは。」と尋ぬ。「あれは朝夕に肴を食はず
に、これを見て食うた心せよといふ事なり。」また、太箸を取る由来を問ひける。「あれは汚
れし時白げて、8一膳にて一年中あるやうに、これも神世の二柱を表すなり。9よくよく万事
に気をつけ給へ
。さて、宵から今まで、おのおの話し給へば、10もはや夜食の出づべきとこ
ろなり
。出さぬが長者になる心なり。最前の摺鉢の音は、大福帳の上紙にひく糊を摺らし
た。」と言はれし。


【中級】
 この粟田殿の御男君達ぞ三人おはせしが、11太郎君は福足君と申ししを12幼き人はさ
のみこそはと思へど
、いとあさましう、まさなう、悪しくぞおはせし。東三条殿の御賀に、13
の君舞をせさせ奉らんとて、習はせ給ふほども
、あやにくがり、辞ひ給へど、よろづにをこ
づり、14祈りをさへして、教え聞こえさするに、その日になりて、いみじう仕立て奉り給へる
に、舞台の上に登り給ひて、物の音調子吹き出づるほどに、「15わざわひかな。あれは舞
はじ
。」とて、鬢づら引き乱り、御装束はらはらと引き破り給ふに、粟田殿、御色真青になら
せ給ひて、16あれかにもあらぬ御気色なり17ありとある人、「さ思ひつる事よ。」と見給へ
、すべきやうもなきに、御叔父の18中関白殿の下りて、舞台に登らせ給へば、「言ひをこ
づらせ給ふべきか、また、憎さに堪へず19追ひ下ろさせ給ふべきか。」と、かたがた見侍り
しに、この君を御腰のほどに引き付けさせ給ひて、20御手づからいみじう舞はせ給ひたりし
こそ
、楽もまさりおもしろく、かの君の御恥も隠れ、その日の興も殊のほかにまさりたりけれ。


【上級】
 大納言殿参り給ひて、文の事など奏し給ふに、21例の、夜いたう更けぬれば、御前なる
人々、一人二人づつ失せて、御屏風、御几帳の後ろなどにみな隠れ臥しぬれば、ただ一
人、22睡たきを念じて候ふに23「丑四つ。」と奏すなり。「明け侍りぬなり。」とひとりごつを、
大納言殿、「24今さらにな大殿籠りおはしましそ。」とて、寝べきものとも思いたらぬを、うた
て、25何しにさ申しつらむと思へど26また人のあらばこそは紛れも臥さめ。上の御前の、
柱に寄りかからせ給ひて、少し睡らせ給ふを、「27かれ、見奉らせ給へ。今は明けぬるに、
かう大殿籠るべきかは。」と申させ給へば、「げに。」など、宮の御前にも笑ひ聞こえさせ給
ふも知らせ給はぬほどに、28長女が童の、鶏を捕へ持て来て、あしたに里へ持て行かん。」
と言ひて隠し置きたりける、いかがしけん、犬見つけて追ひければ、廊のまきに逃げ入りて、
恐ろしう鳴きののしるに、29みな人起きなどしぬなり。上もうち驚かせ給ひて、「いかであり
つる鶏ぞ。」など尋ねさせ給ふに、大納言殿の、「声明王の眠りを驚かす。」と言ふ事を高う
うち出し給へる、めでたうをかしきに、ただ人の睡たかりつる目もいと大きになりぬ。30「い
みじきをりの事かな。」と、上も宮も興ぜさせ給ふ
。なほ、かかる事こそめでたけれ。


【解答・解説】

問01・申しつけておいて、
    「し」は過去の意味を表す助動詞。「に」は単純接続を表す助動詞。
問02・元のように(灯火を明るく)して、
    「ごとく」は比況の意味を表す助動詞。「し」はサ行変格活用動詞、「て」は単純接続を
   表す接続助詞。「して」をそのまま「〜して」と訳せる場合は、この組み合わせである。

問03・すり鉢を摺る音が響き渡るので、
    「の」は連体修飾格の格助詞。「ば」は順接の確定条件で、ここでは原因・理由を表す。
問04・(一年の)最初のことであるから、お雑煮だろう。
    「なれ」は断定の意味を表す助動詞。「ば」は問03と同じ。「雑煮」の後の「なる」は断
   定、「べし」は推量の意味を表す助動詞。

問05・必ず言うことであって、おもしろい。
    「に」は断定の意味を表す助動詞、「て」は問02と同じ。「にありて」が短縮されたもの
   と考えて「〜であって」と訳す。

問06・一人が申し上げたことには、
    「し」は過去の意味を表す助動詞。準体用法なので、後に「こと」が省かれている。「申
   す」はサ行四段活用動詞なので、「申しし」となるのが本来の形。

問07・どういうこと(であるの)か。
    「いかなる」は形容動詞でここに既に疑問の意味がある。「ぞ」は強意の係助詞だが、
   結びの語を伴わずして文末にあるときは強意の終助詞。

問08・箸一膳で一年中あるように→箸一膳で一年中使えるように、
    「にて」は手段を表す格助詞。「にて」の後に読点がないので「て」は接続助詞ではな
   い。つまり「に」と「て」に分離することができない。「あるやうに」の部分は矢印の右側
   に示したように意訳できる。つまり、汚れたら削ってきれいな部分を出せば、1対の箸
   をいつまでも使うことができるという意味である。

問09・よくよく何事にも気をつけてください。
    「に」「を「は共に動作の対象を表す格助詞。「給へ」は尊敬の意味を表す補助動詞。
   命令形なので「お〜下さい」と訳す。

問10・そろそろ夜食が出るはずの時刻である。
    「の」は「が」と訳せるので主格を表す格助詞。「べき」は当然の意味を表す助動詞。
   「夜食が出て当然の時刻」ということ。最後の「なり」は断定の意味を表す助動詞。

問11・ご長男は福足君と申し上げたが、
    「太郎」は「長男」の意味で、「太郎」という名前ではない点に注意。「福足」が粟田殿
   の長男の名前である。「申し」は「言ふ」の謙譲語。「し」は過去の意味を表す助動詞。
   「を」は単純接続を表す接続助詞。

問12・幼い子どもはやんちゃな(人)ばかり(でいらっしゃる)とは思うけれど、
    「さ」は副詞で「そう」と訳す。「のみ」は限定の意味を表す副助詞。係助詞「は」の後
   に動詞が省かれていて、ここまでが作者の心内表現文。具体的には、なかなか大人
   の言うことを聞かずやんちゃな有様を指す。なお、この文章全体で福足君の動作に
   敬語が使われているので、「は」の後の省略語句も「あれ」ではなく「おはすれ」となる。
   ちなみに係助詞「こそ」があるため、この省略語句は已然形となる。その次の「と」が
   引用を表す格助詞である。「思へ」の後の「ど」は逆接の確定条件を表す接続助詞。

問13・披露させ申し上げようということで、(福足君に)習わせなさる時も、
    「せ」はサ行変格活用動詞。「させ」は使役の意味を表す助動詞。これを尊敬にして
   しまうと「この君」、つまり福足君自身が舞をなさる意味になってしまい、なおかつ福足
   君に最高敬語が使われていることになるので、文脈上も文法理論上矛盾する。「奉ら」
   は謙譲の意味を表す補助動詞。作者から東三条殿に対する敬意になる。「ん」は意志
   を表す助動詞。ここでは粟田殿の意志。ここまでが粟田殿の心内表現文で、引用を表
   す格助詞「とて」で受けている。「習は」の後の「せ」は使役。父の粟田殿が長男である
   福足君に舞を習わせるのである。これも尊敬と解釈してしまうと、粟田殿自身が誰かか
   ら舞を習うことになってしまい、話が矛盾してしまう。「給ふ」は尊敬の意味を表す補助
   動詞。「も」は同趣の一つを表す係助詞。

問14・お祈りまでして教え申し上げなさったところ、
    「祈り」は動詞の連用形から転じた名詞で「祈祷」と同義。「を」は動作の対象を表す
   格助詞。「さへ」は添加の意味を表す副助詞。「し」はサ行変格活用動詞、「て」は肯定
   の単純接続を表す接続助詞。「聞こえさす」は一語に扱われるが、もとは謙譲の意味
   を添える補助動詞「聞こえ」と尊敬の意味を表す助動詞「さす」に分かれる。「に」は単
   純接続を表す接続助詞。

問15・いやだよ。私は舞うつもりはない。
    「わざはひ」とは不快なことや不吉なことを表す。ここでは前者。「かな」は詠嘆を表す
   終助詞。「あれ」は一人称の代名詞で、ここでは福足君を指す。主語が一人称なので、
   「じ」は打消意志の意味を表す助動詞となる。

問16・私ではないご様子である。→茫然自失のご様子である。
    「あれ」は問15と同じ代名詞でここでは粟田殿を指す。「に」は断定、「ぬ」は打消、
   「なり」は断定の意味を表す助動詞。「あれかにもあらぬ」を直訳すると「私でもない」
   となるが、これは驚愕のあまりにいつもの冷静な意識を失ってしまった状態を意味す
   る。したがって矢印の右側に記したように意訳できるのである。

問17・その場に居合わせた人はみんな「(どうせ)舞わないだろうと思ったよ」と言って御覧
    になるけれど、

    「と」の前後が同一の動詞(ここでは「あり」)なので、この「と」は強意を表す格助詞。
   「あり」の主語が祝賀の列席者、つまり人間なので「ある」ではなく「その場にいる」と訳
   す。「さ」は副詞。「そう」と訳すが、しばしば具体的な訳し方を求められるので注意。具
   体的には「福足君が親の言うことを聞いて大人しく舞を披露するはずがない」という内
   容を意味する。

問18・中関白殿が(御殿を)下りて舞台にお登りになるので、
    「の」は「が」と訳せるので主格を表す格助詞。「て」は肯定の単純接続を表す接続助
   詞。「に」は場所を表す格助詞。「せ」「給へ」は共に中関白殿に対する尊敬を表す。い
   わゆる最高敬語である。「せ」を使役と解釈してしまうと、中関白殿が誰かに命じて舞
   台の上に登らせたことになってしまう。「ば」は順接の確定条件を表す接続助詞で、こ
   こでは原因・理由に訳す。

問19・舞台から追い下ろしになるのであろうか。
    「追ひ下ろさ」までが動詞。「せ」「給ふ」は共に中関白殿に対する尊敬を表す。「べき」
   は「ありとある人」から中関白殿に対する推量で、「ありとある人」の心内表現文。最後
   の「か」は疑問の意味を表す係助詞。

問20・ご自身で素晴らしく舞いなさったので、
    「手づから」とは「自身」という意味。「いみじう」は「程度がはなはだしい」ということが
   原義で、ここでは素晴らしいこと。一方、「ひどい」「話にならない」という正反対の意味
   にも使われるので文脈で判断する。「せ」「給ひ」は共に中関白殿に対する尊敬を表す。
   「し」は過去の意味を表す助動詞。

問21・いつものように夜がひどく更けてしまったので、
    「例」は「いつも」という意味。「の」は比喩を表す格助詞で「〜のように」と訳す。「いた
   う」は「程度がはなはだしい」ということを表す形容詞。「ぬれ」は完了の意味を表す助動
   詞。「ば」は順接の確定条件を表す接続助詞で、ここでは原因・理由に訳す。

問22・眠たいのを我慢してお傍に仕えておりますと、
    「を」は動作の対象を表す格助詞。「念じ」は「我慢する」という意味。「て」は肯定の単
   純接続を表す接続助詞。「候ふ」は丁寧ではなく謙譲の意味を表す。つまり作者は天皇
   ・中宮の傍に仕えているのである。「に」は単純接続を表す接続助詞。

問23・「午前2時30分です」と(時刻を告げる役人が)天皇に申し上げるようである。
    「丑」は十二支の一つで方角の場合は北北東、時刻の場合は午前1時から午前3時
   までの2時間ををさす。これを4等分して「丑一つ」〜「丑四つ」と細分化する。従って午
   前2時30分からの30分間が「丑四つ」になる。「と」は引用を表す格助詞。「奏す」は
   「言ふ」の謙譲語だが、天皇・上皇・法皇に対して「言ふ」という動作をする際に用いる。

問24・今さらお休みなさいますな。
    「今さらに」は形容動詞「今さらなり」の連用形。「な」は陳述の副詞で「な」+動詞の連
   用形+終助詞「そ」のセットで、その動作を禁止する構文となる。「大殿籠り」は「寝」の
   尊敬語。「おはしまし」は尊敬の意味を表す補助動詞。最高敬語が使われているので、
   大納言から天皇に対する敬意である。

問25・何でそんなことを申し上げてしまったのかと後悔するけれど、
    「さ」は指示を表す副詞。「明け侍りぬなり」と一人事を言った作者の行為を指す。「つ」
   は完了、「らむ」は現在の原因推量を表す助動詞。ここまでが作者の心内表現文。「と」
   は引用を表す格助詞。「ど」は逆接の確定条件を表す接続助詞。つまり「明け侍りぬな
   り」と一人事を言った自身の行為を作者は後悔していることになる。

問26・他に女房がいたら(その人に)紛れて(姿を消して横になれる)だろう。
    (だが、誰もいないので隠れることもできない)「また」とは「自分の他に」という意味。
   「人」はここでは女房を指す。作者は中宮定子に仕える身分であったが、その他にも
   女房は何人もいた。「の」は「が」と訳せるので主格を表す格助詞。「あら」が未然形な
   ので、「ば」は順接の仮定条件を表す接続助詞。実際には作者以外の女房がみんな
   寝てしまっているので、作者としては自分から姿を消して天皇・中宮・大納言のいる御
   殿から一人で去ることができない状態になっているのである。「紛れ」は動詞の連用形
   から転じた名詞。「も」は同趣の一つを表す係助詞。「め」は推量の意味を表す助動詞。
   実際には(  )内の文を伝えようとしている点に注意。

問27・あれを拝見なさって下さい。
    「かれ」は遠称の指示代名詞。「あれ」と訳す。ここでは天皇が柱に寄りかかって眠っ
   ている姿を指す。「奉ら」は謙譲の意味を表す補助動詞。大納言から天皇に対する敬
   意。「せ」「給へ」は共に尊敬の意味を表し、これは大納言から中宮への敬意。したがっ
   て「見」に対して二方向の敬語が使われていることになる。なお、文末は命令形である。
   したがって「〜なさってください」と訳す。ちなみに現代語でよく言う「〜なさい」は目下の
   者に命じる表現なので、ここでは不適切である。

問28・長女の子どもが鶏を捕まえて持って来て、
    「が」は「の」と訳すことができるので連体修飾格を表す格助詞。したがって鶏を捕ま
   えて持ってきたのは長女ではなく、長女の子どもである点に注意。「童」の直後にある
   「の」が「が」と訳せるので主格を表す格助詞。

問29・みんな起きてしまったようである。
    「起き」は動詞の連用形から転じた名詞。「など」は婉曲の意味を表す副助詞。「し」
   がサ行変格活用動詞。「ぬ」は完了、「なり」が推定の意味を表す助動詞である。

問30・「じつにタイミングの良い朗詠だなぁ」と、天皇も中宮も(感心して)興味深くお思いに
    なる。

    「いみじき」は「素晴らしい」の意味。「折」は「時機」を意味する。つまりタイミングが素
   晴らしいこと。「の」は連体修飾格を表す格助詞。「事」はここでは大納言が「声明王の
   眠りを驚かす」と朗詠したことを指す。「上」は「天皇」、「宮」は「中宮」を意味する。「さ
   せ」「給ふ」は共に尊敬の意味を表す。主語が天皇と中宮なので当然、最高敬語が使
   われる。