素朴な疑問              「私の疑問」のページに戻る

�T 私の周りで、最近、「無限大の記号は、誰がいつ発明したのか?無限という概念は、
いつ頃から意識されていたのか?」ということが話題になった。無限大の記号は、1655年
イギリスのウォリスという人の本が最初ということらしいのですが、そもそもあの記号は、ど
ういういわれで、あんな記号になってしまったのでしょうか?
 以上2点、もし、ご存じの方がいらしたらお教えください。

東京書籍の方からご教示いただきました。

 アリストテレス以前のギリシャ人は、空間・時間は、「はじめがなければ終わりもない、数
もまたしかり」と考え、数に対する「無限」の概念が生まれてきたようです。その後、アリスト
テレスは、自然界には「無限」というものが存在し、それは量に関係していると考えました。
アリストテレスは、「無限大」を、「近づくことはできるが、存在を直接確かめることはできな
いものとしてとらえました。そして、直接見ることができるのは、常に有限なもので、有限の
範囲をいくら広げても到達できないときに「無限」と呼ぶ、としたのです。無限は19世紀の
末頃にようやく数学の対象として定義されました。(ヨーロッパでは2000年間、アリストテレ
スの無限観が主流を占め、これを取り扱うことはタブーとされていたそうです。)。
 無限大の記号(∞)についてですが、「元は、ウロボロスという、自分の尾をくわえ輪に
なった蛇(ドラゴン)がそのいわれで、その終わりが始まりとなることから、次第に「永遠性」
などの意味を持つようになったそうです。また、その記号の使用の始まりは1655年、
ジョン=ウォリスが「無限に関する算術」を著したことが始まりだそうです。
(出典:「数の歴史」、ドゥニ・ゲージ著、藤原正彦監修、創元社)

「はべ」さんという方からご教示いただきました。(当HP掲示板投稿より)

 無限大の記号の由来として、ウロボロスに由来するという説の他に、古代ローマ数字に
由来するという説もあったと思います。ローマ数字には、C、L、X、V、�Tという記号しか存
在せず、あまり大きな数字を表すことができませんでした。そこで、 を利用して、1000
は 、500は で表現するという規則をでっちあげたようで、無限大の記号「∞」は大
きな数字を意味する の形が変化したものらしいということです。(一部文言修正)


(塾長より) ご教示ありがとうございます。
形が本当に似ていて、びっくりしました。少し気に
 なったので、私自身いろいろなホームページを覗いてみたところ、古代ローマ数字説が多
 かったように感じました。

 「Hayakawa-kunn's Room」(現在リンク切れ)というHPはとても参考になりました。そのページ
によると、ローマ数字は、
 �T、 V、  X、  L、  C、   D、    M
 (1) (5) (10) (50) (100) (500)  (1000)
が基本で、他の数字はこれらの足し算、引き算で求めるようになっているとのことです。

 基本の数字の左側に入っていれば引き算、右側に入っていれば足し算なので、例えば、
 4は、�W (5−1=4)
 40は、XL (50−10=40)
 120は、CXX (100+10+10=120)
 2002は、MM�U (1000+1000+1+1=2002)
となります。古い時代には、Dは 、Mは と書かれたそうです。

 昔の人って、1000という数は、日常生活でもあまりお目にかからない「十分大きな数」だっ
たのでしょうね?

�U 先日職場内で次のようなことが話題になりました。
分数の計算で、1÷1/6=6 を教える場合、どうしたらわかりやすく教えられるか?
1÷6の計算で1が6個の1/6に分かれるので、1÷1/6は6になるのだよ、という説明
をしたのですが、それではむずかしいという声が大でした。
実際に、この手の問題に対して指導された経験がある方お教えください。

東書ネットのある方からご教示いただきました。

 まず、整数での割り算を復習します。そのとき、割り算は割る数が1になったとき、割
られる数がどのくらいになるかを求めることなのだと強調します。で、割る数が分数に
なっても同じで1のときの値を計算すればいい、と教えます。つまり、「1÷1/6なら1が
1/6に相当するのだから、1/6が1になったら1は6倍すればいいね。で、6。」
とやります。実際には、時間などわかりやすい例を使いますが...
でも、この方法って割り算の意味そのものですね。これ本当にわかっていれば高校の
化学で苦労しなくてすむのだけど...


 (塾長より) ご教示ありがとうございます。 割る数が1のときの割られる数の値という認識
  は、まさに化学の世界ですね。いままでの私の割り算に対する認識は、たとえば、6÷2
  の計算は、6の中に2が何個入るかを問うというもので、そのために、1÷1/6もそのレベ
  ルで考えておりました。

 アドバイスによると、6÷2の計算は、2を1にすると、6は3となるから、6÷2の答えは3 と
いうことでしょうか。この練習を積めば、比の計算は相当鍛えられますね!

追伸を頂きました。

 こんばんは。 そのとおりです。これでやれば、分数の割り算で なぜ分母と分子を
ひっくり返してかければ割り算に なるかが理解できます? 割る数を1にするには
逆数をかければOKですからね。で、割られる方に 逆数をかければ割り算ができる。

 (塾長より) 重ね重ねありがとうございます。塾生達にアンケートをとったところ、次のよう
  な結果になりました。

 「あなたが、6÷2を初めて習ったとき、どう教わったか?」
・6を2等分すると、何個ずつになるか・・・・25名
・6の中に2が何個入っているか・・・・・・・・20名
・逆数をかける・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  2名
・6÷2は3÷1と同じ・・・・・・・・・・・・・・・・  1名
・その他・不明・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  8名
  以上、報告いたします。

( 割り算で、「分数で割ることは、その逆数を掛けることに等しい」ということについては、
 こちらを参照)

�V 時間はいつからはかられているのでしょうか?ビッグバン以前には時間は存在し
たのでしょうか?等々のことが最近職場内で話題になりました。
何かご存知の方お教えください。

東書ネットのある方からご教示いただきました。


 以前放映されたBBC制作の「宇宙と時間」という番組(NHK)に質問の答えがありました。
 答え ビッグバン以前に時間は存在しなかった。というよりそれ以前の時間は考えようも
無い。宇宙が出来上がって10の47乗分の一秒が経過する以前のことは物理学上不明で
ある。といった解説だったように思います。


�W  普段余り意識しないで使っている言葉でも、他の人から「それって、どんな意味?」
と聞かれると、はたと困ることがある。例えば、「犬」と言われているものがいて、自分自身
それを「犬」であると認識しているのに、他の人から「それは、どうして犬なの?」と聞かれ
るようなときだ。「犬だから、犬だ!」と答えるしかないのだが、それでは質問者は納得しな
いだろう。コンピュータ用語ならば、頭文字をつなぎ合わせて造語しているので、意味は類
推しやすいが、普段略語で使用している身にとって、やはり答えるのは難しい。例えば、
 IPアドレスのIP(Internet Protocol)
URL(Uniform Resource Locator)
FTP(File Transfer Protocol)
OCR(Optical Character Reader:光学式文字読み取り装置)
CAD(Computer Aided Design:コンピュータ支援のデザイン)  etc.

 聞かれて困るものに、例えば、割り算の答の「商」という言葉がある。四則演算の「和差積
商」の「商」であるが、これも多くの人は、無意識のうちに使っている言葉ではないだろうか?
「商」の語源は何なんでしょうか?何かご存知の方お教えください。

東京理科大学科学フォーラムの片野善一郎様からご教示いただきました。

日本で使われている数学用語は、中国の影響をかなり受けている。江戸時代に発達した
和算の用語には、中国の数学書の用語を転用したものが多い。例えば、分数、分母、分
子、約分、通分、正数、負数などは、漢代(紀元1世紀頃)の古算書「九章算術」にでてくる。
商という言葉も同様である。「九章算術」の巻5には商功という章がある。
 商という文字は、もともと平原の中の高台を表す。古代中国の殷の人たちが高台に集落
をつくって商と自称したという。周に滅ぼされた後、彼らの一部が工芸品を売り歩く仕事をし
たので、商国の人から転じて商人と呼ばれるようになったらしい。商には「あきなう」の他に
「はかる」という意味がある。商功とは、土木工事の工程をはかるという意味である。割り算
というのは、割られる数の中に割る数がいくつ含まれているかをはかる計算なので、商とい
う言葉が多分使われたのだろう。因みに英語では、商はquotient であるが、この語源の
ラテン語は「何回?(how many times)」という意味である。

(塾長コメント) 洋の東西を問わず、割り算は、やはり「割って何ぼ!」の世界らしい。

�X 普段何気なく接しているものに、「曜日」というものがある。物に名前があるように、
月曜日は月曜日、そう呼ぶ決まりなんだ、ということで疑問に思うこともなかった。そして、
曜日の順番も、そういうものだという先入観で今まで生きてきた。私以外に多分多くの人
がそうだろうと思う。週の始まりが月曜から始まるカレンダーがあるが、日本では、日曜か
ら始まるカレンダーが普通である。しかし、いずれにしても、「日・月・火・水・木・金・土」と
いう曜日の順番に狂いはない。この順番は、誰がいつ決めたのであろうか? 
 もし、ご存じの方がおりましたら、お教えください。

暦と占いの科学の永田 久様からご教示いただきました。

 ギリシアの歴史家カシウスが次のように紹介している。
古代人は、「7つの惑星が時間と空間を支配する順序は、地球から遠い順になる」と考えた。
その当時の惑星を、地球から遠い順に並べると、
 土星  木星  火星  太陽  金星  水星  月
であった。さらに、一日は24時あり、惑星がこの順番で1時間毎に時間と空間を支配すると
考えた。また、その日の1時を支配するものが、その日を支配するとも考えた。24という数
は、7で割って3余る数なので、1時を支配した土星から始めて、順次、2時は木星、3時は
火星、・・・ と割り当てると、次の日の1時は、土星の3つ先の太陽が支配することになる。
(以下の表を参照。表では、太陽を日と表記)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24
土 木 火 日 金 水 月 土 木 火 日 金 水 月 土 木 火 日 金 水 月 土 木 火
日 金 水 月 土 木 火 日 金 水 月 土 木 火 日 金 水 月 土 木 火 日 金 水
月 土 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
火 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下同様にして、その日の1時を支配する惑星を並べると次のようになる。
 土星  太陽  月  火星  水星  木星  金星
 この順番から、現在の曜日「土 日 月 火 水 木 金」の順番ができあがったのである。
カシウスによれば最初に曜日を使ったのはエジプト人らしい。(メソポタミア人という説もある。)

 また、蛇足ながら、日曜日がどうして休日であると認識されるようになったのであろうか?

 それは、西暦4世紀に、信教の自由を認め自らキリスト教徒となったローマ皇帝コンスタン
チヌス1世(在位306〜337 
ビザンチン帝国の基礎を固めた)が、日曜を「主の日」と定めたからで
ある(西暦321年)。十字架にかけられたキリストが復活した日が「主の日」と定められ、安
息日という性格を持つようになった。この日は一切の仕事を休んで教会などで礼拝する日と
なっている。これが転じて、休日ということになったわけである。キリスト教では日曜が安息
日であるが、ユダヤ教などは、
神の天地創造と関連づけて、神が7日目に休まれ、安息日を
祝福されたことに由来するというということで、土曜日を安息日として守っている。何れも週
の始まりは、「日曜」である。

 (塾長より) ご教示ありがとうございます。今、上のような説明を伺うと、いくつかの偶然が
  重なって、現在の暦が機能していることを実感しました。もし古代において、もう少し天文
  学が発達していて、8番目の惑星が発見されていた場合、または、その逆に6番目の惑
  星しか知らない場合、上の説明では破綻してしまいます。数学的に、7という数と24とい
  う数が互いに素であったという事実は、非常に重要な偶然だったように思いました。
 (この話題が、平成18年6月25日朝日新聞の「be on Sunday」で取り上げられた。)

�Y  私の周りで、最近、電気の分野では虚数単位として「 j」を使うという話から始まっ
て、「電流を表す文字として、『 i 』を使うのはどうしてか?」ということで大いに盛り上がった。
電気が専門の方に伺っても「分からない」という。「 j」については、電流で「 i 」を使うので、
「 i 」以外だったら何でもよいとのことだったが、私個人の予想では、「 i 」の隣の「 j」を安
直に使ったのだろうと考える。果たして真実は何なのだろうか。ちょっと、しばらく安眠でき
そうにない。もし、ご存じの方がいらしたらお教えください。

HPサイトの「 電気の森 」にて、疑問が解決しました。

 電流を表す記号として、「 i 」が使われるが、これは、 intensity of electricity の
頭文字らしい。電気の強さに関する量を最初に測定したのが電流であったことから、慣用
的に使われているとのことである。ずっと気になっていたことが解決して、なんかスッキリし
たみたい!

�Z  私が高校生の頃、「垂線の足」という言葉を学んだが、現在使われている教科書
では死語になっているようだ。教科書では、「点Pから直線Lに垂線を下ろしたときの交点
H」とか「点Pから直線Lに垂線PHを下ろす」というような表現になっていて「垂線の足」と
いう言葉は見当たらない。インターネットの世界ではまだ「垂線の足」という言葉が用いら
れているが、学校教育で、そのような言葉が既に死語になっているということを何人の方
がご存じなのだろうか?「垂線の足」という言葉が通用する年代がどこまでか、是非調査
してみたいものだ。
 ところで、その「垂線の足」とか「垂心」を表す記号として、「H」が使われることが多い。
重心は「G」、内心は「I」、外心は「O」、...なども慣例で使われている。

 「G」は、gravity(重力)からきていることは推測できるが、「I」は、interior(内部)から?
「O」は、orthogonal(直交)から?と分からないことが多い。
 ましてや、「H」はどこから?という疑問がある。Hとくれば、「horizon」を思い出すが、こ
れは「水平線」という意味で垂直と関係がなさそう...だし、「height」というのも垂心の場
合の理由付けに乏しい。インターネットを眺めていたら、



  垂線と垂直の記号を「ボーッ」と眺めていると、

 アルファベットの「h」が見えてくる!







という方もいられた。何となく説得力がありそうな予感...。

 ほんとのところ、「垂線の足」とか「垂心」を表す記号として、「H」が使われる根拠は何だろ
うか?

 これについて、何かご存じの方、ご教示をお願いします。(メールはこちらまで)

 SHITARAさんという方からメールをいただきました。(平成17年9月12日付け)

 これは勝手な推論ですが、「H」を眺めてみますと、縦棒と横棒が垂直に交わっていますよ
ね。このあたりから垂線の足を表す記号としてHを使ったのでは?・・・ただ、そういう理由だと、
TやLでもよさそうですが。あるいは、英語以外の言葉(ラテン語とかギリシャ語とか)がもとに
なっているのかもしれません。



(コメント) 垂線の足の記号は必ず「H」を使わなければならないという訳でもないのに「H」
    が多用されるのは、SHITARAさんの言われるように、その形が好まれているのかもし
    れませんね。

 この「垂線の足」について、いろいろ調査をしていたら、最近次のような出来事があったよ
うだ。

 平成16年度の大学入試センター試験(平成16年1月)の「数学�U・数学B」において、試
験開始時、次のような補足説明が行われた。

 「点Pから平面mへ下ろした垂線の足」とは、点Pからひいたmの垂線とmの交わる
 点のことである
」

 これは、「数学�U・数学B」の第3問のベクトルの問題文の中に、「垂線の足」という言葉が
使われていて、それを説明したものである。

 なぜ、補足説明が入ったのか? 理由は簡単である。「垂線の足」という言葉が教科書で
は使われていないからである。使われなくなって、既に30年近く経つらしい。

 ただ、教科書では使われなくなっても、その「垂線の足」という概念の重要性から高校の
授業では生徒に教え続けられてきたように思う。

 作問者も、そのことに気がつかず、うっかり「垂線の足」という言葉を使ってしまったのだ
ろう。

数研出版のある方からご教示いただきました。

 先日話題になった「垂線の足」について色々と調べてみたのですが、明確なことは分か
りません。編集部に確認した範囲で分かった事を記させて頂きます。

■いつ頃から使われなくなったのか?  − 数研の教科書で調べました。

 1.昭和48年からの指導要領(�T,�UB,�V)
  必修科目,選択科目のいずれでも扱いあり

 2.昭和59年からの指導要領(�T,代,解,微,確)
  必修科目では扱いなし

 3.平成5年からの指導要領(�T,A,�U,B,�V,C)
  必修科目では扱いなし

 4.平成15年からの指導要領(�T,A,�U,B,�V,C)
  扱いなし

■なぜ使われなくなったか?  − これが明確には分かりませんでした。
 
 編集部が申すには、「文部省(当時)から,意見をつけられた気がする」そうなのですが、
断言できるものが見つかりませんでした。推測できるのは、上記2.の時期に、必修科目
である数学�Tでの使用について意見をつけられたのでは…、ということなのですが。「垂
線の足」に限らず、最近の教科書では“用語精選”が進んでおり、「垂線の足」についても
その立場から扱われなくなったことは確かです。

 (塾長より) ご教示ありがとうございます。今、試験問題を作っている世代がちょうど学校
  教育で学んだ世代で、現状を知らないためについつい問題文に「垂線の足」という言葉を
  使ってしまうという事情が上の年表からよく伺えますね。


(追記) 平成19年4月21日付け

 to_arai さんという方から、垂心の記号 H について、メールを頂いた。

 長音や水平を表す手書きの「〜」が活字になったとき、「h」になったとイギリス人語学教師
が語っていました。「h」の左右の「 l 」は、グーテンベルグの活字が普及した際に活字の左右
のインクが付着したまま大文字は「H」と普及したというのは本当でしょうか。もとよりヨーロッ
パ諸言語も象形文字派生の単語が多いのは公知なことです。欧文絵文字では全て横から見
た形象になっています。Hは携帯絵文字感覚で見れば正に垂心記号そのもの。


(コメント) 日本では長音や「から」という意味合いで、チルダ−記号「〜」(波ダッシュとも言われる
      らしい
)を使うことが多いが、ラテン語などの欧文語では、発音符として使われるようだ。
    有名どころでは、スペイン語の n の子音の上に付けて、「ニャ」行の子音を作ったりな
    んかする。情報をお寄せいただいた to_arai さんに感謝します。


(追記) 平成30年7月14日付け

 Kelly Burkhard さんからメールにてご投稿いただきました。

 波ダッシュとチルダは別の文字と聞いています。文字の見た目は同じなのですがコンピュ
ーター上では区別されています。(U+〇〇〇〇とあるのは、Unicodeでつけられた番号です)

 波ダッシュ「〜」 → U+301C

 全角チルダ「〜」 → U+FF5E

 半角チルダ「~」 → U+007E

 チルダ付きn → U+00F1

 チルダ付きN → U+00D1

(自分も完全に理解しているか自信はないのですが、一言で言うとUnicodeはコンピュータ上
で文字を扱うための規格の1つです。)

�[  交差点にある信号機というと、以前は
 
というものだった。往来の激しい交差点では右折車の便宜・安全確保を図るために
 
などという信号機を目にする。ところが、最近奇妙な動きをする信号機に遭遇した。

 
              ↓
 
              ↓
 
              ↓
 
              ↓
 

 3番目の信号で一気に3方向に通行可の矢印が点灯して、その後青点灯に切り替わる。

 これって、どんな効果を狙っているのだろう。3方向に矢印を出すくらいなら、青信号の
点灯でいいはずなのだが、あえてそうしない、出来ないわけがあるのだろうか?

当HPがいつもお世話になっている、らすかる様からご教示いただきました。

 「右方向の矢印」の意味は、交通法規上の解釈はともかくとして、通常は「対向車は来な
い」という意味が含まれていると思う。従って、それと同様と考えると、

・全方向の矢印 → 対向車などに進行を邪魔されることがないと思って良い。
   (他方向の信号は全て赤であるか、もしくは右から来る車に左折青矢印だけ出ているか)
・青 → 右折の場合、直進する対向車に注意。直進や左折の場合、右折してくる対向車に注
   意。(通常、対向車も青)

という違いがあるのではないだろうか。

 (塾長より) らすかる様、ありがとうございます。対向車に注意する、注意する必要がない
  という視点でみると合点がいきますね!

 矢印付きの信号機はセパレート式信号機と言われ、渋滞の緩和や幅の広い道路での交
通整理として最近導入されているようだ。

 交差車線側からは絶対車は出てこないから安心して進め!という意味合いのようで、青色
の矢印は、「モタモタしていないで、とっとと進め!」ということらしい。

 対する「青信号」は、「進むことができる」けど、注意して進めよ!という意味合いで、青矢印
のように後ろから急かされることもない。

 以前は、青は「進め」、赤は「止まれ」だったが、今は赤でも「進め」という場合があり、子供
に交通ルールを教えるのにも苦労する時代になってしまった。

当HP読者の、T.N.様からご教示いただきました。

 「素朴な疑問」のページで矢印型信号機についての記事を見かけ、気になることが幾つか
ありました。私の知る限りでは、道路交通法的に丸い青色の信号と矢印型の青色の信号で
は進行方向の限定以外でも以下の意味が異なります。

 矢印の信号機に従ってよいのは車両のみで、歩行者と路面電車は従ってはなりません。

・歩行者は丸い青では道路を横断できますが、矢印の青では道路を横断してはなりません。
もっとも、大きな交差点では多くの場合歩行者専用(自転車共用の場合もある)信号があるの
で歩行者が矢印つきの信号を見なければならないことは非常に稀です。

・路面電車は丸い青信号には従いますが、矢印の青信号には従いません。一般の人が路面
電車を運転することはないので、これはあまり知られていないでしょう。
(路面電車には専用の矢印の黄色信号というものがあります。しかし、かなりめずらしいもの
なのか、わたしは実物を見たことがありません。)

 また見落としがちですが、交差点での車両の進行方向は3通りではなく4通りです。

 ←↑→の三方向の矢印が出ている場合、自動車などの一般の車両は、左折・直進・右
折できますが、転回(いわゆるUターン)してはいけません。転回していいのは丸い青信号
のときだけです。よくある誤解なのですが、→の矢印信号でのUターンは違反になります。
(実際に違反切符を切られているケースもあるようです。)

 さらに、道交法的には、現在書かれているような「矢印信号では対向車がやってこない」
という前提はまったく成り立ちません。多くの交差点がそうであるからといっても、対向車に
は十分注意して運転してください。


(コメント) T.N.様、ありがとうございます。自宅近くにUターンが必然の交差点がありま
      すが、確かに矢印信号の後、青信号になってから皆さんUターンしていますね。

らすかる様からご教示いただきました。

 最近の道路交通法改正(平成24年4月1日施行)によって、「右矢印青信号では転回もして
よい」ということに変わったようです。

�\ 出張先で次のことが話題になった。「2つのベクトルの内積を表す記号として、以前
の高校教科書には、「   や   」の2種類の記号が使われていたが、最近
の教科書で、  を使っているものはなくなったね...。」

 確かに、私の高校時代は両者が併存していて、 派だった私は、 を華麗に操
る、ちょっとませた友人が眩しく見えた。内積の諸公式をスッキリ理解するには、記号的に、
の方が優れていることは明らかだろう。しかし、大学等で、ベクトル空間の内積という
と、なぜか、 の方が用いられる。

 内積は、ベクトル空間 V の直積から実数体R(または複素数体C)への線形写像である
ので、『 ( u , v ) 』という書き方は理にかなっている。

 高校の教科書から、 が消えた理由は、果たして何なのだろう?

�] 通常、ウインカー(米国では、blinker、英国では、indicator)と呼ばれる方向指示
器に関する疑問である。右左折のときや進路変更のときにお世話になるものである。

 最近いつも利用している道路の仕様が変更されてまごつくことが多い。

 以前は下図のような仕様であった。現在車がある道路は本線流入のための道路で1車
線しかなく、しかも一方通行である。その道路から右折して本線に流入することはその道
路の性格上考えられない。

  

 この場合は一旦停止した後、本線に流入するために右折のウインカーを出すのが正道
だろう。

 ところが、最近次のような仕様になった。現在車がある道路は本線流入のための道路で
1車線しかなく、しかも一方通行という条件は同じである。

 

 このような場合は、左折のウインカーを出すのが正道と思うが、前後の車のウインカーを
見ると以前と同じ右折のウインカーを出す車が多い。これって事故を誘発しませんかね?

�]I かつて我が世の春を謳歌した「コンビニ」の売上が右肩下がりに落ち込んでいると
いう。タスポ効果が薄れたからという見方もあるが、そればかりではないように感じる。実際、
最近我が家の周辺に立て続けに「スリーエフ」「サンクス」「セブン-イレブン」と3店が開業し
たが、どのお店に行っても主力はお握りやお弁当、ドリンク類と変わり映えしないものばか
りで、所謂お店を代表するような商品がないのである。私自身珍しきもの大好き人間なの
で、この商品はこのお店ということになれば、大雨が降っても、台風が来てもお店に通いつ
めてしまうくらいなのだが、その気力が全く起きない、そういう商品構成なのだ。
 日本のコンビニというと、次のお店が有名だろう。
「セブン-イレブン」「ローソン」「ファミリーマート」「サークルKサンクス」「ミニストップ」「ディリ
ーヤマザキ」「am/pm」「スリーエフ」・・・・・
 コンビニのそもそもの発祥の源は、アメリカに辿ることができる。1927年「サウスアイラン
ド・アイス」社の氷販売店の一つが、地元民の要望によりミルクやパン、タバコなどの販売と
長時間営業を始めたことが「コンビニ」の始まりだという。その後「シティーアイス社」と合併し、
1946年に「セブンイレブン」という名称が誕生した。日本では、1974年東京都江東区豊洲
に「セブン-イレブン」1号店が開店した。最初に売れた商品は「サングラス」だったという。今、
コンビニは、低価格競争のスーパーの包囲網に囲まれ苦戦を強いられている。私の大好き
なコンビニは果たして未来永劫生きながらえるのだろうか?

�]�U 月曜日に一緒に遊んだ女子高生と木曜日に再会したとき、「やぁ〜、3日振りだ
ね!」と言ったら、「2日振りじゃないの?」と言われた。火水と2日間の空きだったので、そう
言ったのだろうが、私自身、女子高生の言葉を聞いて、ちょっと自信がなくなった。

NHK放送文化研究所の方からご教示いただきました。

 「〜振り」というのは、時日が経って、その前の状態が再び起こるときに用いられる。その
時の時間や日にちはすべて「満」で数える。

例 平成20年に初優勝で、平成23年度に二度目の優勝のとき → 3年振りの優勝

 (23−20=3 だから)

例 1月24日に事件発生で、1月27日に事件解決のとき → 3日振りに解決

 (27−24=3 だから)


(コメント) NHK様、ありがとうございます。私の言った方が正しかったということで自信が
      持てました。

�]�V 角θに対して、sinθは「正弦」、cosθは「余弦」、tanθは「正接」ということは
高校の教科書に書いてある。それでは、それらの逆数は何と呼ぶのだろうという疑問がふ
と湧いた。今までそんなこと考えもしなかったわけであるが...。 何でも、

  cscθ=cosecθ=1/sinθは、「余割」

  secθ=1/cosθは、「正割」

  cotθ=1/tanθは、「余接」

と言うのだそうだ。それらの図形的意味を考えると、誠に飽きないものである!

 

�]�W 車にナビがない時代、旅行前はルートの確認が大切な準備だった。その辛い作
業にも関わらず喜々としてやれたのは、これから待ち受ける旅行のイメージが頭の中に広
がり、計画通りの旅程だったという旅行後の充足感が味わえるからだった。いま、ナビが車
に搭載され、行き先を入力すると、ルートと到着予想時間を瞬時に計算してくれる。実際の
到着時間とそれほど大差がないことに驚かされる。もう昔には戻れないなと思う。

 東京から、東名高速を使って、京都に行く場合、以前は次のようなルートであった。

 東京IC〜東名高速〜小牧IC〜名神高速〜京都南IC (距離 およそ504km)

 ところが、最近のナビは、東京から京都へ行く場合、次のルートを案内してくれる。

 東京IC〜東名高速〜豊田東JCT〜伊勢湾岸道〜四日市JCT〜東名阪道〜亀山JCT〜
新名神高速〜草津JCT〜名神高速〜京都南IC (距離 およそ453km)

 距離にして、50kmほど短いが、高速料金はどちらも「10,050円」!距離が短いんだか
ら安くしてよと言いたいところだが、JRと同じで、新幹線だろうが在来線だろうが出発地点と
到着地点が同じ場合は距離の長短に関係なく同一運賃というルールらしい。

 これは、平成20年2月23日に新名神高速(亀山〜草津)が開通し、また伊勢湾岸道の整
備も進んだおかげらしい。

 そう言えば、豊田東JCTの先にある東名高速の上郷SAのレストランのおばさんが嘆いて
いた。車のほとんどが伊勢湾岸道の方に曲がってしまい、こちらに来てくれないと...。以前
の上郷SAはバイキングで有名だったが、今は止めているようだ。

 新名神を使うルートは、名古屋周辺は海の上を走り、正に異次元空間の中を突っ走る感じ
でいいのだが、四日市JCTが渋滞の名所(上り、下りとも)で、新名神はほとんど山の中!し
かも今の新名神高速はまだ整備途中で、将来ルートが大きく変わるらしい。

�]�X よく高校生に、「有理数って何ですか?」と問われる。そのときは話をめんどくさく
したくないので、「あ〜、分数のことだよ。」と答えると、大抵の高校生はそれで納得してくれる。
でも、厳密には、「約分して同じになる分数全体を1つの有理数と考える」んだよね!

�]�Y 単項式の次数は、掛け合わせる文字の個数のことで、多項式の次数は、各単項
式の次数のうち最大のものと説明される。文字を含まない項が定数項で次数0である。多項
式の表記上、数0を定数項として表記することはないが、「多項式 x2+2x の定数項は?」
と問われたら、定数項は「0」と答えるのが普通だろう。そこで、ふと疑問がわき起こる。数0
も、次数0と考えていいの?

 いくつかの状況証拠をあげて考えてみよう。

 「m次式とn次式の積は、m+n次式」ということから、数0をx次式と考えると、 m+x=x
が成り立たないといけない。

 また、「m次式をn次式で割った場合、その余りは高々n−1次式」ということから、1を1で
割った商は1で、余りは0。すなわち、1の次数は0なので、 x<0 が成り立たないといけな
い。

 以上のことがすべて成り立つためには、数0の次数は、「−∞」と考えないと説明がつかな
い!もっとも、数0の次数云々って、それほど問題にならないような...予感。

�]�Z 当HPがいつもお世話になっているHN「GAI」さんからの疑問です。
 直角が90°とは、結局一回転が360°であることにその起源を持つ。では、なぜ一回転
を360という数量にしたのだろう?100などの発想が通常だろうに・・・

 ちなみに1〜1000までで約数の個数を調査してみたら

 第1位:840->32個 、第2位:720->30個 、第3位:960->28個
 第4位:900->27個 、(第5位:360->24個)

と考えられる要因の約数の多さから考えると840°がふさわしいと思われる。このことにつ
いてその起源を御存知の方の報告をお願いします。

当HPがいつもお世話になっているHN「らすかる」様からご教示いただきました。

 こちらを参考にしてください。1年が360日に近いためにそうなったようですね。


(追記) 令和7年7月19日付け

 朝、何とはなしにTVを見ていたら、「チコちゃんに叱られる」の再放送で、上記の話題が取
り上げられていた。

 「円の1周が360°なのは何故か?」

 答えは、「1年がだいたい360日だから」だという。

 古代バビロニアでは、農作業に供するため、太陽が昇る位置を観察していた。太陰暦の
1年は、354日で、太陽暦の1年は365日で、「360」は丁度それらの真ん中になる。

 1日は、1/360に相当し、「1ウシュ」と呼ばれる。これは、「直角=90°」とも関連がある。

 「360」は奇跡の数字と言われる。1から10までの数字で、360は7以外の数で割り切れ
る。約数も多く、とても計算しやすい数字なのだ。


�]�[ 当HP読者のHN「cha」さんからの疑問です。
 (d/dz)f(z) は、lim_{C∋h→0} (f(z+h)-f(z))/h と書けますよね。では、(d/d) f(z) はどう書け
るのでしょうか?

当HPがいつもお世話になっているHN「らすかる」様からご教示いただきました。

 若干自信がありませんが、(d/dz)f(z)=lim_{C∋h→0} (f(z+h)-f(z))/h ならば、
(d/d~z) f(z) =lim[C∋h→0] (f(z+h)-f(z))/~h で良いと思います。


 cha さんからのさらなる疑問です。(平成26年11月13日付け)

 ご回答誠に有難うございます。続けてすみません。実は、a、a_i を複素定数として、

 f:C→C ; f(z)=1/a ln(1+a|z|) 、g:Cn→Cn ;g(z_1,…,z_n)=Σ_{j=1..n} a_jz_j のとき、

 ∇2fg(z_1,…,z_n)

を求めています。∇2fg(z_1,…,z_n)の各成分は、∂/z_k ∂/~z_l fg(z_1,…,z_n) の形になりま
すよね。ただし、k、l∈{1,2,…,n}

 もし、aが実定数、f、g が実関数なら、∇2fg(x_1,…,x_n)の各成分は、
∂/x_k ∂/x_l fg(x_1,…,x_n)の形で、

∂/x_k ∂/x_l fg(x_1,…,x_n)=-aa_k2/(1+aΣ_{j=1..n}a_jx_j)2  (Σ_{j=1..n}a_jx_j≧0 のとき)
∂/x_k ∂/x_l fg(x_1,…,x_n)=aa_k2/(1-aΣ_{j=1..n}a_jx_j)2  (Σ_{j=1..n}a_jx_j<0 のとき)

となると思います。そこで、

 ∂/z_k ∂/~z_l fg(z_1,…,z_n)
=∂/z_k ∂/~z_l 1/a √((Σ_{j=1..n}a_jRe(z_j))2+(Σ_{j=1..n}a_jIm(z_j))2))

から先に進めないのです。どうすればいいでしょうか?


(コメント) ∇2 の定義は上記でいいんでしたっけ?


 空舟さんからのコメントです。(平成26年11月14日付け)

 定義を見つけました。


chaさんからのコメントです。(平成26年11月14日付け)

 有難うございます。それで、実際に、

 ∂/z_k ∂/~z_l fg(z_1,…,z_n)
=∂/z_k ∂/~z_l 1/a √((Σ_{j=1..n}a_jRe(z_j))2+(Σ_{j=1..n}a_jIm(z_j))2))

の先はどうなるんでしょうか?お手数おかけしまして申し訳ありません。


 空舟さんからのコメントです。(平成26年11月15日付け)

 先に進む前に、その時点で式を書き間違えてないですか?(多分、log が紛失している)

 Re(z_j)=x_j, Im(z_j)=y_j とおいて、A=∂fg/∂{x_l} 、B=∂fg/∂{y_l 、C=(1/2)(A+Bi) が1つ
目の微分∂/~z_l fg に相当し、D=∂C/∂x_k 、E=∂C/∂y_k 、F=(1/2)(C-Di) が求めるも
のになると思います。

�]�\ 雨に関する疑問です。
 急に雨が降ってきて手持ちに傘がないとき、100m先の車まで歩いていくのと走っていく
のとでは、どちらの方が濡れ方が少ないでしょうか?

 直感的には、走った方が濡れ方が少ないように思いますが、それは頭のてっぺんでの話。
身体の前面を考えると、濡れ方は同じようだし、跳びはねなども考えると歩いた方が得策か
もしれない。ほんとのところ、どちらの対応がベストなのだろうか?

�]�] カーブミラーに関する疑問です。
 狭い路地の四つ角にカーブミラーが設置されていて見通しの悪い場所での対向車の有無
等が分かり重宝している。ただ、対向車が方向指示器を点滅させているのがカーブミラーを
通して分かるのだが、果たして、こちらに向かってくるのか、あるいは反対方向にいくのかよ
く分からず戸惑うことが多い。簡単な見分け方はないのだろうか?

明治大学の矢崎成俊様からご教示いただきました。
(数学セミナー ’17 10月号(日本評論社) 「表紙の裏側」 〜バックミラーの勘違い〜)

 基本的に、人間は上下の判断は間違えないが左右の判断は間違えやすいものだというこ
と。それは、「左」というものが、北を向いたときの西の方とか非常に恣意的に定義されたも
のなので、咄嗟のときに判断を誤るという。

 よくニュースで、車のブレーキを踏むつもりがアクセルを踏んでしまったというのも、遠因は
ブレーキとアクセルが左右に並んでいるからかも知れない。

 

 上図の場合は、私の車からカーブミラーを見て、こちら側に向かってくるような錯覚を覚え
るが、実際は反対方向に行く車である。カーブミラーは手前側に見えるものは実際は反対側
を見ているということに注意しなければならない。



  以下、工事中!