数理化学                                 戻る

 物理数学というと、学生時代に物理学科の講義を受講した記憶が蘇るが、数理化学とい
う名前は、一般には馴染みが薄いかもしれない。

 大学の物理は数学に、大学の数学は哲学になるとよく言われるが、大学の化学にも、面
白い数学の問題が潜んでいるらしい。

 このページでは、細矢治夫先生(お茶の水女子大学名誉教授)から伺った話題について
整理しようと思う。

 グラフ理論や組合せ理論が20世紀に急速に進歩したが、その一因として、ハンガリーの
数学者 ポリア( 1887-1985)の業績(1936年)があげられる。ポリアから遡る
こと200年前の1736年は、オイラー(Euler)がケ−ニヒスベルグの橋の問題をグラフ理
論的に解決した年でもある。その意味で、1736年は、グラフ理論の誕生の年と言われる。
ただ、その後の200年間、ポリアが現れるまでほとんどグラフ理論の進展はなかったとい
う。

 ポリアは、炭化水素の異性体を系統的に数え上げるために、置換群という新しい方法論
を確立したことで有名である。異性体という化学の話題が、数学の理論を使えば機械的に
求められる。ここら辺からが、歴史的に、数学と化学のコラボレーションの始まりと言えるの
だろうか?

 さらに、「ポリア」というと、次の「ポリアの壷(Polya's urn)の問題」も有名だろう。

  ポリアの壷の問題

   壷の中に赤玉が m 個、黒玉が n 個が入っている。無作為に1個取り出し色を見て
  壺の中に戻す。その際、取り出した玉の色と同色の玉を a 個新たに加えるものとする。
   このとき、k 回目の試行で赤玉を取りだす確率は、k によらず一定で、

       

  で与えられる。

  (コメント) 新たに加える玉の個数 a の値が、0 ならば、上記は反復試行なので結果
        は当然だろう。 a の値が、1 以上でも成り立つというところが面白い。

    まず、    は明らかである。
        であることも簡単に示される。

    すなわち、2回目の試行で赤玉を取り出すということは、

      1回目に赤玉、2回目も赤玉 または 1回目に黒玉、2回目は赤玉

    という2つの場合に分けられるので、求める確率は、

     

   計算過程を眺めていると、k の任意の値に対して、いつも成り立つような...予感は
  するが、厳密には、数学的帰納法により示される。

   (略証) k=1 のときは明らか。いま、

              

    が成り立つと仮定する。k 回目の試行のときに壺の中に入っている玉の総数は、

    m+n+(k−1)a 個で、その中から赤玉を取り出す確率が p(k) ということから、

    その中には、赤玉が推定で、p(k){m+n+(k−1)a} 個入っていたことになる。

    もちろん、黒玉の個数は、推定で、{1−p(k)}{m+n+(k−1)a} 個である。

    このとき、

   

    となり、命題は、k+1 のときも成り立つ。

     よって、すべての k に対して、

                  (略証終)

   (コメント) k 回目の試行のときに、壺の中の玉の個数を推定していますが、なぜか
         整数値でないところが少し不安ですね!一応雰囲気が合っていれば、OK
         ということで...。

   (追記) 平成20年12月29日付け

      上記の証明で、玉の個数を推定するということを行っていて少し不安であったが、
     HN「凡人」さんから、推定しなくても次のように考えればよいというアドバイスを頂い
     た。(28日付け)

      k−1 回目の試行が終わったときに壷の中に赤玉が m 個、黒玉が n 個が入っ
     ているものとする。

      このとき、k+1 回目の試行で赤玉を取り出すということは、

       k 回目に赤玉、k+1 回目も赤玉 または k 回目に黒玉、k+1 回目は赤玉

     という2つの場合に分けられるので、求める確率は、

         

     (コメント) こちらの証明の方がスッキリしますね!「凡人」さんに感謝します。
           上記の数学的帰納法の記述も修正すれば、O.K.(牧場)かな?


 さて、話を数理化学の話題に戻そう。

 高校の化学の授業で、

 CH4メタン) 、 C26エタン) 、 C38プロパン) 、 C410ブタン) 、

 C512ペンタン) 、 C614ヘキサン) 、 C716ヘプタン) 、

 C818オクタン) 、 C920ノナン) 、 C1022デカン) 、 ・・・


と諳んじていた頃が懐かしい。これらは、 2n+2 と一般的に表される炭化水素で、
特に、2重結合も環ももたない炭素間の単結合のみからなることから、アルカン(alkane)
と命名されている。

 炭化水素には他にエチレン 24 のように、2重結合を1つ持つアルケン(alkene)や
アセチレン 22 のように、3重結合を1つ持つアルキン(alkyne)がある。

 炭素原子と水素原子の原子価が、それぞれ 4 と 1であることから、その構造を簡単に
図示することが出来る。

 たとえば、 プロパン 38 は、

                      

という構造になっている。ここで、炭素原子を で表し、炭素原子間だけの結合を
表すことにすれば、このプロパンの構造は簡単に、

        

と略記される。左側から順番に番号を付ける。
                              

 このとき、「1」は、「2」と隣接していて「3」とは隣接していない。また、「2」は「1」「3」の両
方に隣接している。「3」は、「2」と隣接していて「1」とは隣接していない。

 自分自身とは隣接していないものと考える。

 いま、行列 A=(aij) を考え、その成分を次のように定める。

   「 i 」 と 「 j 」 が隣接していれば、 aij = 1

   「 i 」 と 「 j 」 が隣接していなければ、 aij = 0

 したがって、プロパンに対しては、次の3次の正方行列 A が対応する。

       

この行列は、隣接行列と呼ばれる。

 アルカンでは、n=3 までは異性体は存在しないが、n≧4 のときは、異性体が存在する。

 たとえば、n=4 のときは、
                

という2つの異性体が存在する。前者は「n-ブタン」、後者は「2-メチルプロパン」または「イ
ソブタン」と呼ばれる。

 さらに、ペンタン C512 は、3つの異性体
              

ヘキサン C614 は、5つの異性体を有する。

        

        

 一般に、2n+2 の異性体の個数は次の表の通りである。

10 11 12 ・・・
異性体の数 18 35 75 159 355 ・・・

 この数え上げを単なる数遊びから厳密な理論として構成したのがポリアである。理論通り
に全ての異性体の数が知られている。



  以下、工事中