実数の不思議                       戻る

 中学校レベルの数学では、実数そのものを特に意識することはない。せいぜい、循環しない
無限小数の存在に新鮮な驚きを覚えるくらいだ。高校で、微分積分を学ぶとき、否応にも実数
というものの存在に直面せざるをえない。実数の連続性という概念が根底にあるからだ。

 以前の学習指導要領では、現在の現地調達方式のものと違って、高校1年から、チラチラッ
と、有理数と無理数の本質的違いに気づかせる問題が、微分積分を学習するまでの道中に
並べられていた。

 たとえば、『等式 X+Y=3 を満たす有理数 X,Y を求めよ。』などは、無理数を扱う上
での注意点を教えてくれる。

 大学では、実数についての厳密な定義に遭遇する。そこから、真の意味での「数学の研究」
が始まる。Dedekind の切断で実数を構成している教科書が多いが、率直なところ、疲れる。

 実は、実数を特徴づけるものとして、いくつか同値なものが知られている。
以下で、Nは、自然数の集合で、R は、実数の集合とする。

(1)・・・Dedekind(実数の連続性の公理)
   A,B⊂R、A≠ 、B≠ に対して、R=A∪B、A∩B= であり、さらに
   a∈A、b∈B に対して、a<b が成り立つとき、
   maxA または minB のどちらか一方だけが必ず存在する。

(2)・・・Weierstrass(実数の制限完備性)
   A⊂R、A≠ となるAが上に(下に)有界ならば、supA(infA)が存在する。

(3) 上に(下に)有界で、単調増加(減少)な数列は収束する。

(4) (イ)任意の正数 a、b に対して、na>b となる自然数 n が存在する。
                                        (Archimedes の原理)
   (ロ)任意の n に対して、閉区間 [a,b]⊂R で、[a,b]⊃[an+1,bn+1] のとき、
      ∩[a,b]≠ である。(Cantor の共通部分定理)

(5)・・・Heine‐Borel の被覆定理
   開区間 U の集合族により、閉区間 [a,b] が被覆されているとき、有限個の開区間を
   選んで、[a,b]⊂U1∪U2∪・・・∪Un とできる。

(6)・・・Bolzano‐Weierstrass の定理)
   Rの任意の有界な無限集合は、少なくとも1つの集積点をもつ。

(7) 有界数列は収束する部分列をもつ。

(8) (イ)任意の正数 a、b に対して、na>b となる自然数 n が存在する。
                                        (Archimedes の原理)
   (ロ)任意のCauchy列は収束する。(Cauchy の定理・・・実数の完備性)

 上記の実数の性質の中で、私にとって一番感動的なのは、Archimedes の原理である。
a がどんなに小さくても、b がどんなに大きくても、小さい a を懸命に繰り返し加えれば、つい
には、b を追い越してしまうというところに、数学版「うさぎとかめ」の物語を思い浮かべる。
あるいは、「塵も積もれば山となる」と思ってもよい。

 しかも、この当たり前のような性質が、上からも分かるように、実数を規定する性質として、
本質的なものであることに驚かされる。

また、このArchimedes の原理は、極限計算の基本公式:  と同値である。

(証明) 任意のε>0 に対して、Archimedes の原理より、Nε>1となる自然数Nが存在
     する。このとき、n>N ならば、0<1/n<1/N<ε なので、明らかである。
     逆に、a/b に対して、ある自然数Nが存在して、n>N ならば、1/n<a/b なので
     明らかである。

 Archimedes の原理を用いると、いろいろ面白い性質を導くことが出来る。

(性質1) 任意の実数 X に対して、n−1≦X<n となる整数 n が存在する。

 これは、隣り合う整数同士の距離が1なので、直感的に正しいと理解されると思うが、厳密
には次のように示される。

     (証明) X=0 ならば、n=1
           X>0 ならば、Archimedes の原理より、X<m・1=m となる自然数 m
          が存在する。このような m のうちで最小値を n とすればよい。
          X<0 ならば、m−1≦−X<m となる自然数 m が存在するので、
          −m<X≦−m+1 となる。そこで、n=−m または n=−m+1とおけ
          ばよい。

(性質2) 実数の任意の開区間は、必ず有理数を含む。
                                         
 これは、「有理数 a、b (a<b)に対して、(a+b)/2 は有理数で、a と b の間にある」と
いう有理数の稠密性を実数の場合に拡張したものだが、次のように示される。

     (証明) いま、実数の任意の開区間として、a<X<b とする。
          Archimedes の原理より、m(b−a)>1 となる自然数 m が存在する。
          このとき、(性質1)により、n−1≦ma<n となる自然数 n が存在する。
          よって、a<n/m≦a+1/m<b が成り立ち、有理数 n/m が存在する。

(性質2)から、どんな実数のどんな近くにも有理数があるわけで、実数の濃度と有理数の
濃度の違いを思うと、とても不思議な感じがする。

 さらに、無理数についても、同様なことがいえる。

(性質3) 実数の任意の開区間は、必ず無理数を含む。

     (証明) いま、実数の任意の開区間として、a<X<b とし、Xはすべて有理数と
         仮定する。(性質2)から、a<p<q<b となる有理数 p、q が存在する。
         よって、r=q−p も有理数である。任意の無理数Mに対して、(性質1)か
         ら、n−1≦(M−p)/r<n となる整数 n が存在する。このとき、
         p≦M−r(n−1)<p+r=q より、M−r(n−1) すなわち M が有理数
         となり、これは矛盾する。よって、必ず無理数を含む。

 このように、Archimedes の原理は、実数の集合にとって有用な定理ではあるが、実は、
当たり前の性質ではないことを肝に銘じておかなければならない。

Archimedes の原理が成り立たない例

 集合 S=Z4={0,1,2,3} (整数を4で割った余りの集合)において、演算◎を
X、Y∈S に対して、X+Y の値を 4 で割った余り R を用いて、X◎Y=R と定義する。
X◎X=2・X、X◎2X=3・X、...とし、一般に、自然数 n に対して、n・X=X◎(n−1)X 
により、n・X を定義する。
このとき、任意の自然数 n に対して、n・2<3 が成り立ち、Archimedes の原理は成り
立たない。

(参考文献:菅原正博 著 位相への入門(朝倉書店)
        石谷 茂 著 トポロジー入門(現代数学社))