・ 計算の工夫(3)                 S.H氏

 最近の生徒の計算の遅さ(本人は確実に!のつもりでやっているのかもしれないが...)
には閉口するときが多い。しかも計算ミスも多い。多分、小学生の頃、ドリルなどを用いて反
復練習をしてこなかったツケが一気に中学・高校で開花するのだろう。負の数の取扱い、比
例の計算、演算の順序など、あいまいのまま計算している節がある。

 数学を理解する場合、計算力のなさは致命的である。いろいろ試行錯誤をして推論を進め
るのが数学の一つの方法論であるが、確かな計算力なしには、試行錯誤も覚束ない。

 新学習指導要領の新しい学力観は、「確かな計算力」よりも、「数学的なものの見方・考え
方、数学のよさに気づく」ことに比重が置かれている。計算は、電卓にやらせればよいという
考え方であるが、私個人としては、そのような学力観は受け入れがたい。

例 18×15 を計算せよ。

 多分、新学力観で育てられた生徒は、計算の工夫ということで、いろいろ考えさせられ、
18×15=(18×5)×3=90×3 という式に到達するのだろう。しかし、そのような計算
の工夫の必要性が生徒たちには理解されないから、おのずと定着率は下がってしまう。

 上記のような計算の工夫は、計算に熟練した人なら、誰でも考えつくような式変形であり、
できるだけ計算の負担を減らそうという必要性から生じるものである。できれば、計算は暗
算で、という考え方にも一致している。

例 104×7÷4 を計算せよ。

 これも、104×7÷4=(104÷4)×7=26×7=182 と計算したい。計算になれてい
ない生徒は、多分、104×7÷4=728÷4=182 とするのだろう。

例 630÷54 を小数第1位まで求めよ。(小数第2位以下切捨て)

    630÷54=630÷9÷6=70÷6=11.6・・・ より、答は、11.6

 このような見方をしていくと、無味乾燥な計算も、面白く思えてくる。しかし、このような見方
は教えられて身に付くものでもない。実際に計算して苦労の結果勝ち取る「数学的なものの
見方・考え方」なのだろうと私は考える。

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