・しんにょう                        S.H氏

 携帯電話やパソコンで、「しんにょう」を部首として含む漢字を入力すると、点が一つの場
合と二つの場合があることに気づかされる。電子データがこんな感じだから、手書きの場合
も両方あり得る。入試で受験者のリストを作るときなど大いに気になる部分だ。

 この話題について、京都大学教授の阿辻哲次先生が学士会会報(U SEVEN vol.46)
に寄稿したものを読ませていただいて長年の疑問が氷解した。

 例えば、「逆」という字は、甲骨文字として紀元前1300年頃には既に使われていたとのこ
とである。もともとは「出迎える」という意味を表すために作られた漢字で、出迎える人と向こ
うからやってくる人の進む方向が逆向きなので、やがて「反対、さかさま」という意味を持つよ
うになったとのことである。中国の西周時代や、前漢、後漢、唐などのさまざまな時代時代に
書かれた「逆」の字をみると、「行人偏と足跡」が「しんにょう」の原型らしいです。ところが、そ
れらの中には、しんにょうの点がないのもあれば、点が3つあったり、つながっているものが
見られる。歴史的に見れば、「しんにょう」の点の数は自由で決まっていなかったらしい。

 ところが、1716年に清の康煕帝の勅命により「康煕字典」が編纂され、漢字の規範とされ
ました。そこでは、「しんにょう」の点はすべて2つとなり、これに準拠して、戦前の日本での印
刷では、「しんにょう」は二点しんにょうとなったとのことである。

 戦後に制定された「当用漢字表」1850字(1946年)についても二点しんにょうは引き継
がれましたが、1949年に発表された「当用漢字字体表」では、「しんにょう」の点は1つと定
められました。当時の漢字簡略化の方針に従ったとのことである。ところが、当用漢字に入
っていない「しんにょう」を含む漢字についてはそのまま二点しんにょうが放置されました。将
来的には漢字をなくそうという流れの中で当然のことでした。

 このような歴史から、世の中に一点しんにょうの漢字と二点しんにょうの漢字が混在するこ
とになってしまったわけである。

 「当用漢字表」では漢字使用の際の制限という意味合いがありましたが、新しい時代に対
応する日本語表記のために、1981年に「常用漢字表」4945字が内閣から告示されまし
た。そこでは、漢字使用の目安とされ、漢字の使用が自由になりました。

 その頃、日本ではワープロやパソコンなどのIT機器が急速な広がりを見せる時期でした。
「常用漢字表」とパソコンなどが準拠している「JIS漢字コード表」が併存し、「常用漢字表」
が時代に合わなくなってきているということから、2010年「常用漢字表」が改訂されました。

 「常用漢字表」から外れた漢字のうち印刷物などでよく使われる漢字をまとめた「表外漢
字字体表」1022字が作られ、印刷するときの標準とされました。この中で、「しんにょう」は
二点とされました。

 また、「JIS漢字コード表」6355字も2004年に改定され、「第一水準」の漢字でも「常用
漢字表」に入っていない表外漢字は印刷標準字体に従うとされ、二点しんにょうとされまし
た。

 このように、「しんにょう」では複雑になっていますが、漢字には一つの字体しかないという
刷り込みがそもそも誤りという阿辻先生のご意見に私も賛成です。


                                             投稿一覧に戻る