・ ポアンカレ予想 S.H氏
平成19年9月30日(日) NHK BShi のハイビジョン特集で、
数学者はキノコ狩りの夢を見る 〜ポアンカレ予想・100年の格闘〜
が放送された。放送された時間が午後7時〜8時50分と微妙な時間で、大河ドラマ「風林
火山」が控えていることもあり、ビデオに録画しておいたものを、最近ようやく見ることが出
来た。
NHKで数学に関連した特集が放送されるのは、350年以上も未解決だったフェルマー
予想を証明したワイルス以来だろうか。
「宇宙はどんな形をしているのか?」という素朴な問いかけに関係する「ポアンカレ予想」
について、番組では、ポアンカレや、その当時の世相、ポアンカレ予想を取り巻く数学の進
展、そして解決まで多くの数学者が取り組んだ道筋やポアンカレ予想を解決した孤高のロ
シア人数学者 グリゴリ ペレリマン(Grigory Perelman() 1966〜)
(愛称は、グリーシャ)のことが語られ、とても分かりやすい内容だった。
再放送が、10月10日(水)14時〜15時50分にあるようなので、見逃した方は是非ご覧
下さい。楽しいひとときが持てると思う。
ポアンカレ予想とは、数学の言葉を借りれば、
単連結な3次元閉多様体は3次元球面に同相である
ということである。アメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジにあるクレイ研究所は、この問
題に100万ドルの賞金を掛けているが、その研究所のガラス窓には、簡潔に
と記されている。
ハーケン博士によれば、ポアンカレ予想とは「一度入り込んだら抜け出せない底なし沼の
ような存在」だという。
「単連結」ということを、番組では紐を使って説明していた。出発点からスタートして紐でそ
の経路を明示し、出発点に帰ってくるという道筋で、出発点で、その紐をたぐり寄せて全部
が回収できれば、単連結という訳だ。
したがって、ポアンカレ予想とは「回収できたら、それは球面だ!」ということを主張する。
この考え方を一般化して、1960年代以降、位相幾何学(トポロジー)が進展した。分子
生物学やデザイン関係、金融までその考え方は応用され、「トポロジーこそが数学!」とい
う時代が続いた。
日本の学校教育でも「数学の現代化」と称して、集合論やトポロジーが教えられる時代が
あったが、当然のごとく学校教育には馴染まない魔力があった。最近は、あまりそれらの
数学は、全く教えられないか、傍流に位置づけられている。
しかし、トポロジーによる挑戦は、結局のところ、ポアンカレ予想の解決には結びつかな
かった。予想の解決には、古典的と思われた微分幾何学が活躍した点が興味深い。証明
に成功したペレリマンは微分幾何学の専門家で、かつ物理学にも造形が深かった点が見
逃せないようだ。
証明には、エネルギーやらエントロピーなどの物理学の専門用語や微分幾何学における
リッチ・フロー方程式が用いられ、ポアンカレ予想の解決に奔走した位相幾何学者たちを次
のように嘆かせたという。
ポアンカレ予想の証明が終わってしまったということに落胆し、
位相幾何学の手法が使われなかったということに落胆し、
ペレリマンの証明が理解できなかったということに落胆した。
証明の進め方に驚き、専門家がついて行けなかったという話を聞いて、「数学者にも直ぐ
に理解できないことがあるのだ!」と、多分世の中の数学を学ぶ学生達は少し安堵するの
ではないだろうか?
ポアンカレ予想の解決には、コーネル大学のサーストン教授が1982年に提唱した
幾何化予想 3次元多様体は、一様な幾何構造の断片に分解できる
が本質的に貢献したようだ。
もう少しだけ詳しく述べれば、
どんな3次元多様体も、分割された部分は、8種類の幾何構造の何れかとなる
その8種類とは、次のような図形をいうらしい。(一部省略)
, | , | , | ・・・・・・・・・・ |
球面以外は単連結ではないので、幾何化予想が証明されれば、ポアンカレ予想は証明
されたことになる。
宇宙がどんな形をしているか非常に興味・関心があるが、どのような形であれ分割する
と、必ず8種類の断片の何れかになるだろうという発想をしたサーストンに思わず脱帽し
てしまう。彼のような人が正しく天才と称されるのだろう。
位相幾何学者がそれまで虜になっていた結び目の理論から大胆に発想を転換し、ポア
ンカレ予想解決に大きく近づいた一歩と言える。
ペレリマンは、ハミルトン博士の「リッチ・フロー方程式を使えば、幾何化予想を証明でき
る可能性がある」という主張を受けて、持ち前の才能を開花させ、証明に成功したようだ。
ただ、百年の間、誰も解くことができなかった難問を解いたのに、その後、ペレリマンは、
2006年度のフィールズ賞受賞を辞退し隠遁生活になっている。キノコ狩りが好きらしい。
高校時代の恩師の言葉:
彼の生きている世界は、我々が生きている世界とは違うようだ。ポアンカレ予想を証明
することは私たちには到底できない怖ろしい試練だったに違いない。それを彼は一人で
くぐり抜けた。しかし、その結果、彼は何かを失ってしまった。
がとても切なく聞こえた。
ポアンカレ予想の解決に尽力した人は、何故か、その後、純粋数学の世界から遠のいて
いるのが気になった。それだけの魔力をポアンカレ予想は持っていたということだろうか?
数学セミナー 2007年1月号(日本評論社)にポアンカレ予想や幾何化予想のこと(お茶
の水女子大学理学部の戸田正人 先生)が掲載されている。ただ、話が専門すぎて理解す
るまでには至らず残念!NHKの番組がポアンカレ予想の最適な参考書となった。